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まことに遅ればせながら、埋もれていた録画にて去年12月の『クレイジージャーニー』を見て、佐藤健寿さんが諸葛村へ行っていことを知り驚く。
さらに、佐藤さんがまさかの三国志好きだったことを知り二重に驚く。

Zhugecun.jpg
諸葛八卦村:百度百科より引用

廃墟好きの告白。佐藤さんには共鳴する


実は密かな廃墟好きの私。
『クレイジー』では以前から佐藤さんの『奇界遺産』が好きで彼の回だけはよく見ていたのだが、彼自身のキャラクターにも共鳴するところがあった。たとえば
 ・テンションが低い
 ・リアクション弱い(意外とそのことを自分で気にしている)
 ・朝が弱い(おそらく極度の低血圧)
というあたり自分から遠くない人種だと感じるので……。笑

何より「廃墟マニアプロ写真家」で、ジブリやSF風な写真を提供してくれる点、きっと私と同じく『カリオストロの城』や『ラピュタ』に痺れた同志なのだろうと勝手に想像して共鳴していた。

当ブログ内、廃墟に触れた記事。ソ連の廃墟が超古代っぽい件:
 「永遠」に登場する古代都市のモデル
 ※超古代文明で議論するのはあまり好きではないが、現世感の抜けた廃墟を眺めるのは好き

本当はもっと廃墟愛を語りたかったし、佐藤さんの本もリンクしたかったのだけど引かれるかなと思って語ることができなかったのだよね。
(その前に「超古代」や「前世」を語っているほうが遥かに引かれていると思うが、笑。それは私の宿命だから仕方ないとして、趣味の暴露は別)

あと身近な女性たちから、
「廃墟を眺めると悪い運を引き寄せる。良くない趣味だ」
と怒られ、それもそうかなと思ったせいでもある。
腐った廃墟を眺めるのは確かに良くない。特に他人に語って悪影響を及ぼすのは申し訳ない。

そのような理由で語ることもなく密かに遠く眺めていた佐藤さんが意外にも三国志ファン、諸葛亮についてもよく知っていることを知り嬉しかった。

しかし飄々とした廃墟写真家が三国志ファンというのは少しイメージと違う。
一般に歴史ファンはもっとガツガツしたイメージだ。歴史話に憧れるのは野心があって英雄から学びたいと思っていたり、古典教養を深めたい「意識高い系」のイメージ。
(または曹操崇拝者のような公安マークのカルト集団で、攻撃性・暴力性が強い危険人物であるか)

廃墟マニアは、それらの現世欲が「抜けた」退廃に自己を投影しているのではないかという気がした。
私は自分がそうであるので勝手に共鳴していたもの。そんな彼が三国志好きとは心底意外だった。

でも、佐藤さんは古くてキッチュ(死語?俗っぽくて奇妙かつ魅惑的の意味)なものならたいてい好きなのかもしれない。
だから『三国志』もジブリアニメ的なフィルターを通して眺めてらっしゃる可能性がある。

証拠に次の取材で「緑に飲み込まれた村」はまさにジブリ感が漂う世界であり、酔いしれた。


佐藤さんの本ではないようだが、この回で行った「緑に飲み込まれた村」だと思う。
この写真集、いいなあ……。欲しい。

佐藤さんの本はこちら。


それから彼はUFOなどオカルトも好きであるらしい。
UFOや超古代などオカルトと『三国志』を同列に語ることも、自分に似たところがあり共鳴する。
私の『三国志』語りは不可抗力だから違うかもしれないが。笑

『X51.ORG』というオカルトブログも人気だったとか。今はオカルトではなくオフィシャルブログであるらしいが。
 ⇒X51.ORG


小池栄子さんの反応が新鮮だった


今回、諸葛村をテレビ番組で紹介するにあたって、日本ではマイナーな人物「諸葛孔明」について解説が入った。

ネットの反応
 クレイジージャーニーで『孔明』が話題に!
 クレイジージャーニーで『諸葛孔明』が話題に!

上の「ネットの反応」は特殊なオタたち。
ネットはオタが徘徊する異世界(笑)なので真に受けてはならない。やはり一般的にはよく知られていないと思う。

諸葛亮がどういう人物なのか?という話は、番組スタッフも簡単にまとめていたが、佐藤さんの解説のほうが分かりやすく初めて知る人にも理解しやすいと思った。

佐藤さんの解説はわりとオーソドックスで、世間一般の『三国演義』フィクションイメージに徹していた点が良いと思う。
このように、まずは一般的なイメージから説明するのが妥当なのだろう。
私はフィクションをほとんど知らないので語ることができないのだけど、本来なら史実は後でも構わない。

実は今までフィクション設定を嫌悪していた私も、渡邉義浩氏やhaji三のような捏造史観に触れて、ああいった初心者を洗脳する犯罪よりオーソドックスなフィクションを教えるほうが遥かに良心的なのだと気付いた。
何故なら、K産党の作文(捏造)に比べれば演義フィクションのほうがまだ真実に近いので。表層の設定は史実ではないのだけど、本質には真実を含む。

それで今回の佐藤さんの解説があまりにも分かりやすく、さらに小池栄子さんのリアクションが良かったために、私も初めてきちんと『演義』フィクションの一部を感覚で理解した。

正直、「空城の計」などの話は初めてフィクションとしての詳細を知った。(まさかの!笑)

小池栄子さんが、
「ええー! カッコイイ!!」
などと叫んでいて、
「な…… なるほど^^;」
と苦笑し、納得。
三国志ヒーローにはまっている人は小池さんのような反応をした結果なのか。少し理解した気がする。

フィクション三国志も無責任に眺めるなら面白いものだね。
小が大を欺いて救われる小気味よさ。人がワクワクするエンターテイメント。
現代ジャパニーズコミックにもこの法則が受け継がれている気がするな。
こういうエンターテイメントを十三~四世紀(民間ではもっと昔)に考えたというのは、やはり偉業と言える。正直どうかと思う設定も多いのだけど……。
(あと軍事プロの方々がエンタメフィクションを本気にするのは絶対駄目)

なお空城の計、史実ではないと思う。
信頼のおける情報もある『魏略』に掲載されていたそうだが、これはそのままではない。(『魏略』も玉石混交であって全てが正しいわけではない)
本来の軍隊はあそこまでのリスキーなことはしないし、そもそも空城で琴を弾く、など現実の諸葛亮がそんな恥ずかしいパフォーマンスはしないでしょう。性格上、無理。

ただその通りの状況ではないにしても、自軍を実際より大きく見せて相手を警戒させ、動きを止める(留める)ことはあったと思う。一般的な戦術として。
現実はフィクションほどの差がなかったし、鮮やかでもないが定義としては近いことをしていただろう。
また全体的に当時リアルタイムにおいて、「諸葛亮」の名声が大きく周りが勝手に警戒してくれるということはあった(と思う)。このような人間心理も「見えない軍事力」として計算に入るもの。

この件もまたいずれ他できちんと書くけど、とにかく生まれて初めて『三国志』フィクションを味わった感があった。

佐藤さんのおかげ、小池さんのおかげ。
何かよく分からないだろうが、勝手に感謝だ。


諸葛村について、続く
 >>2019年の諸葛村を眺めて思ったこと、私の願い
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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