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去年末からいっこうに穏やかな話ができなくて、申し訳なく思っています。
おそらく世界も日本も今、危機的状況にあるため私の神経も逆立っているのだと思いますが……。
しかしこんな世界の片隅で叫んでいても効果がなさそう。
ここへ来られる奇特な数人の方々へ届いた種が、いずれ芽を出す僅かな望みに期待をかけるのみです。
もはや炎上もウェルカム。ご批判を含めて拡散いただけるとありがたい。

前記事を書いたとたんさっそくグーグルから自動ペナルティを受けたのか、検索ヒット数が再び激減しました。
露骨な言論弾圧ですね。
GAFAなどの米国企業も含めて世界中、偏った思想に支配されていることはどうやら間違いないようです。

濁してもペナルティを与えられる。と言うことはもはや遠慮していても無意味。この分野についての話を書くことにします。
ただ敵を引き寄せたくないので言葉は少々工夫しますが。

〔以下常体。センシティブな話題を含みます〕

“悪魔が世界を統治している” 記事の統一感のなさ


先日、反共サイト『大紀元』のむやみに長い記事を読んでみた。
結果。頭痛しか覚えなかった。
https://kokodakenobekkan-2018.tumblr.com/post/186258092231/%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%8C%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%92%E7%B5%B1%E6%B2%BB%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B-%E5%BA%8F%E7%AB%A0

大紀元さん、もう少し言いたいことを整理してください。
その前にご自身の教団(法輪功)の教義を整理してください。笑

法輪功は道教と仏教をミックスした、中華的な教義を持つ宗教団体であるはずなのだが、上の記事は何故かキ教原理主義的だ。
おそらくフリー××××の陰謀論が流行していると思って取り入れたのだろう。もはやブームは去っているというのに。

その後、法輪功はキ教がベースだったと知った。やはり根本から整理がついていない、滅茶苦茶だ。私は民間のミックス文化が好きなのだが、ここまで正反対に矛盾した教義は生理的に無理

「再来する神様」ってなんだ、イエス様か?
「悪魔(サタン)」を持ち出すとはね、サタンはあなた方と同じく宗教弾圧された異教徒のこと(キ教にとって)だとご存知ないのか。自分たちと同じ境遇の被害者を叩いてどうする。

とにかく色々と整理がついていない。
そして本質を理解していない記事で、読んでいて疲れた。

大紀元は反共の雄なのだが、残念ながらライターたちは世界の本質を読み解くほどの知識を持っていないようだ。
だいたい中共の象徴である曹操を英雄と称えたり、ウイグル・チベット弾圧を認め中共の政策を支持するような記事を書いたり、運営者は中共か?と思えるようなサイト構成をしている。

わざとでないなら、申し訳ないが「馬鹿」なのだとしか言えない。
中共の暗号も理解できないほど無知で戦えると思っているのか?
どうかもっと勉強して欲しい。

(そして閲覧する皆様は、宗教団体へ入信しては絶対ダメです。信仰を持つのは構わないが団体への加入は駄目。「敵の敵は味方」なので私は今、上のサイトをリンクしていますが宗教団体への入信を勧めるものではありません)


悪魔とは何か?


まず基本的なことから考えよう。あえて法輪功と同等に形而上の立場に立って私の思うことを書く。

――悪魔は存在するのか?

答え。そのような生物は存在しません。笑

上記事ライターは「悪魔は人類を滅亡させようとしている」と仰るが、そもそも人類滅滅亡させて悪魔に何の得があるのか? 謎過ぎる。理屈に合わない。

ただスピリチュアル的に言えば、悪癖を身に着けた魂集団は確実に存在するらしいね。
善行を積み重ねた「高次霊」(天使や神々と表現される)たちが存在するなら、その逆に悪行を極めた悪い魂たちも存在しなければ理屈に合わない。

「陽があれば対極の陰もある」
「善があるなら悪もある」
こう考えるのが世界の真相に適い、中華の思想にも適っている。

だから「全ての人間の本性は善である」と考える性善説も、その逆の性悪説も間違っていて、真実は「どちらも存在する」ということになる。

魂も世の事象もすべてエネルギー体であるので、常に陰陽どちらにも動いている。
固定されたものなど何もない。永遠の場でピン留めされた象徴を除き。
(これは陰陽道の基本に同じ。法輪功ライターは道教を習っておきながらこんな基本すら分からないのだろうか、謎だ)

ただ個々の魂で考えたとき、たった一生のうちに悪から善へ変わるのは容易ではない。
殺戮などの蛮行を好む者はもう何千年、何万年もその快楽に溺れ中毒となっているので、どうにかして再び蛮行を楽しみたいと思いながら生まれて来ている。
だから暴力愛好家たちに「話せば分かる」とか「教育すれば変わってくれる」と考えるのは甘い。
遠い遠い来世でもしかしたら反省して変わることがあるのかもしれないが、たかが一度の人生における教育ごときで変われるほど、浅く簡単な癖ではない。

この者たちは蛮行そのものを味わうことが目的で、何度も地上へ戻って来る。
人類を滅ぼす目的など全くないのだが(むしろ餌食である他の人間がいなくなったら彼らも困るはず)、殺したいという欲望を止められないため結果として人類を滅亡へ近付けているだけのこと。
要するに畑を食い荒らす虫と同じ。欲を貪る本能しか持たないために、餌がなくなったら困るということすら考えられない。欲に侵され思考力を失った腐敗した魂たちなので、先々の結果など考えることは不可能なのだ。

しかし彼ら悪癖を身に着けた魂たちは、地上で蛮行が称賛されないことくらいは知っている。
彼らが恐れるのは、警察などに捕まって自分の生きる目的である蛮行を阻止されることだけだ。
このためどうにか正当らしく見える言い訳を見つけて蛮行をしようとする。

彼らは蛮行を許してくれる脆弱性のある思想を察知すると、素早く飛びつく。(何しろ蛮行が目的で生まれて来ているから、自分の欲望を認めてくれる思想を察知する能力だけは長けている)
その思想のもとで集まり集団を組織し仲間同士守り合って蛮行を推進する。
ただし彼らにとっては仲間も殺戮という快楽の対象だから、いずれ仲間同士で殺し合うことになるのだが。

さて現代で、最も多くの悪癖を持つ魂たちを集めている旗がK産主義であるらしい。
現代において、蛮行を許してくれる最も脆弱性の高い思想がK産主義だからだ。
いや……“脆弱性”と言うよりは、そもそもK産主義とは悪癖を持つ魂による、仲間の蛮行をサポートするために生まれた思想だったに違いない。

※以下、文章中の便宜のために「悪癖を持つ魂たち」を「悪霊」と呼びます

つまりK産主義は「悪霊の、悪霊による、悪霊のための主義」――ということになる。
だからK産主義のもとに集まった者たちは100%漏れなく暴力に走るのだ。


源は一神教、唯物思想でアップグレード


一昔前は、悪霊たちの蛮行を許す最も高い脆弱性を持っていた思想はキリスト教などの一神教だった。
かつて悪霊たちはこの一神教の脆弱性を思う存分に活用し、大手を振って世界中で大量殺戮を行ってきた

現代では原理主義者を除いてキリスト教徒も温厚になったイメージがあるが、
「他者の存在を決して認めない」
「自分たちだけが唯一絶対に偉い」
「異教徒は殺していい。殺すべきだ」
等々という暴力を奨励する思想を内包する限り、一神教はいつでも悪霊の道具となり得る。現に原理主義者たちは今もこの古い暴力プログラムを活用して蛮行を続けている。

しかし、それよりも使い勝手の良い思想がK産主義だったのだろう。
異教徒を殺すことは奨励するけれども、仲間同士殺し合うことは禁じる「神」は悪霊にとってうっとおしい存在だった。このため彼らは「神」を殺してしまった。そのうえ「唯物思想」を強めて肉体の快楽のみを追求することを奨励したので、殺戮・レイプという蛮行を謳歌することが可能となった。
この通り……
K産主義の本性はキリスト教と同じ一神教(キリスト教が転化しただけ)。
単に、神の名が変わっただけに過ぎない。
そのうえ形而上・来世を否定するという「唯物思想」により、どのような蛮行も許されるというアップグレードを行った。そうして悪霊の要望を完璧に満たす最強ツールとなった。
故に、K産主義が現在、最も多くの悪霊ユーザーを獲得しているわけだ。

思想そのものが「悪魔」の本丸なのではない。
まして民族・血統、DNAが「悪魔」であったことは人類史上一度もない。(だからDNAで差別してはならない)
ただ、その時代ごとに最も使い勝手の良い便利ツールへ「悪霊ユーザー」が集まっているだけのことである。

今のところはK産主義に最も多くの悪霊ユーザーが集まっているため、この旗印は悪霊を見つけるために有効だ。
しかし旗のみに目を奪われていると、捉えるべき者たちを取り逃がす。


枝葉のことに目を奪われると、全てを否定することになる


上の『大紀元』の記事を読んでいて最も気になったのは、
「暴力による宗教弾圧は駄目」
「暴力がない、穏やかな自由主義も駄目」
「平和主義も駄目」
「弱者救済、平等主義も駄目」
「フェミニズム、マイノリティの保護は駄目」
「愛も善行も正義も駄目」……
という感じで、世界中に存在するありとあらゆる主義主張を「K産主義のもの」とみなして否定していることだ。
それらは全てK産主義者たちが奪った看板で、ニュースピーク(言葉の意味のすり替え)により看板そのものが作り変えられただけなのに気付いていないらしい。

あんなふうに全てを否定していたら、人類の思想全てが滅んでしまうだろうに。

現に否定ばかりしている法輪功は、結局のところ何を推進していくのか不明だ。
「伝統を守れ」ということと「道徳が大事」ということだけ述べているのだが、具体的に伝統とは何か、道徳とは何かが述べられていない。
愛も自由も平和も駄目なら、もはや「道徳」すら残らないではないか?

思うに、枝葉のことばかり追いかけてしまうので本質が分からなくなってしまっているのだろう。

この画像と同じ。
fukan2.gif
(花びらなど周辺の目印に目を奪われ)
“K産主義もダメ、自由主義もダメ、平和主義もダメ…… ああ! 全部ダメじゃん!”
と思っている。

そうではなく、こう見るべきだ。
fukan1.gif
(根本を見て)
“目印に関わらず、暴力愛好という蛮行を好む本性を持つ者たちがダメ”
と。

【参考記事】 枝葉に囚われるのは何故? 「削ぎ落とす」のが、俯瞰思考のコツ

いずれK産主義が古くなり使えなくなったら、彼らはその旗を棄ててまた新たな暴力プログラムを考えるだろう。

だから旗だけではなく、奴らの本性を見据えなければならない。

そのためには行いで見極めること。
敵は所属団体でも宗教でもない。ましてDNAでは絶対にない。行いだけがその者の本性を表す。

脆弱性のあるプログラムを放置するのは危険だから消滅させなければなないのは当然だ。これはまず最優先で行っておくべきこと。
我々は今、地上で最も脆弱性ある思想プログラム「K産主義」を滅ぼさなけれならない。
だが、次の展開も見据える必要がある。

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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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