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最近すっかり占星術とスピジャンルの読者様が離れていった気がします。
世俗的な戦いに関わると険悪となってしまうから、愛想をつかされて当然だろうなと思います。かつての読者様にはかなり軽蔑されてしまっただろうな。

さて。
世俗的な話を「蜀同盟」のほうで書くことにしたので、こちらでは数年前のように世間で「痛い」と言われるスピリチュアル的な話を書いていこうと思っています。
昔のように、気楽で怪しげで、世俗から浮いた話ばかり書けたらいいな……と。

これはまた少し三国志にも触れるかもしれない話ですが、『蜀同盟』のほうでアイコンやアイキャッチ画像に困ったとき、ついつい「鳥の羽」写真を使ってしまう自分がいて我ながら何だかなと苦笑します。

この写真ですね。『孔明ってどんな人』で使っているもの。
hene2.gif


フィクション孔明の画像を使うのは抵抗があるし(著作権的にも障壁がある)、そのものズバリな白羽扇の画像を使うのはもっと生理的に無理で抵抗がある。
上の写真は確かACからお借りしたものですが、まだ一般的な感覚として可愛げがあって我慢できるかなと思いました。
孔明ファンの方々へ気を遣いつつ、自分の感覚と折り合いをつけてあの画像に落ち着いたというわけです。

これでも若干、恥ずかしい。

たぶんお気付きでしょうが、私は「羽扇」のようなグッズがとても苦手です。
現代で言えば、フワフワ優美な服や光りもので着飾るのは苦手。
優雅だったり耽美だったりする、貴族っぽい服飾アイテムは生理的にちょっと勘弁……と思ってしまう。
だから横浜中華街のお土産店で羽扇を見かけると「うっ」と拒否反応を覚え、サササと素早く離れます。
(別の意味での拒否反応かもしれないが)
……まことに申し訳ない。

優美な服飾品は、たぶん私の見た目にも性格タイプ的にも似合わないことはないのでしょう。
ええ、たぶん似合いますよ。元々が「おじゃる」ですから。(開き直り)
だからこその拒否反応という、このコンプレックス。分かっていただけますでしょうか。


しかし、気付けば今は「鳥」が自分のブログ等々のシンボルになりつつあります。
不本意だったのに、いつのまにか「鳥」のほうへ寄って行っている。

それで思い出しました。
最近いただいたメールにて、
(吉野ネイタルの)サビアンシンボルで何度も出て来るのは、“鳥”のシンボル」
とご指摘されたこと。
そう言えば、その通りです。
 ・ラブバード
 ・フクロウ
 ・鳩
と重要シンボルに鳥が重なる。
それと、「蝶」ですかね。ルディア版ですが「空飛ぶ絨毯」もあります。とにかく飛翔するもの。
鋭いご指摘でした。

確かに、「鳥瞰」が自分の本性を表しているのだと最近自覚しつつあります。
と言うことは、自分が羽の画像をシンボルとして使うことになっているこの現状も、偶然ではなく必然だったのでしょうか……?

余談ですが、当ブログでも長年高アクセスを誇っているページは蝶について書いた記事です。
どうやらGoogleは、私のことを「蝶の専門家」とみなしているようです。笑
自分のブログ内容が正しく判断されていないことがずっと納得できなかったものの、これも偶然ではなかったのかもしれません。

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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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