宿曜占星術のおさらい。古代から個人を占う占星術が存在したことの証

吉野 圭-Yoshino Kei

ここのところ人が血を流す場面ばかり眺め、悲しみと怒り・焦燥で神経が逆立っていました。
現場の人たちの恐怖は我々傍観者の比ではないので、こんなことを想うのは申し訳ないですが。
疲れました……。

そんな折、占星術に関するメールが届きありがたく思いました。
一度神経をオフにして熟考するため、久しぶりに趣味のジャンルの話をします。


ご質問と回答は別館にて


宿曜占星術に関するご質問と回答。
長いこと放置してしまったブログを更新するため、今回は別館で回答しています。H様、メールありがとうございました。
 ⇒【宿曜占星術】宿の性格解釈が曖昧な理由


余談。古代から個人を占う占星術が存在したことの証


これを書いていて改めて思ったことがあります。
宿曜占星術が生まれた遥か古代、すでに人間個人の人格や運勢を占う占星術の手法は存在したこと。

最近の西洋占星術師たちは
「古代の占星術は国家を占うだけで、人間個人の人格など占うことは絶対に無かった。個人を占う占星術が生まれたのはほんの100年ほど前の近代。それ以前には有り得ない」
と主張しています。
(それどころか彼らは、「星座など無かった」という主張まで始めています。太陽星座があまりにも当たらないから、星座そのものを否定することにしたのでしょうか?)

古代の占星術がマンデーン/国家・社会の未来予測中心だったことは事実そうだと思いますが、「個人を占う手法は有り得ない」と断定するのはいかがなものかと常々思ってきました。

宿曜占星術は紀元前に生まれ、漢代にはすでに中国へ伝わっていたわけです。
こうして東洋に厳然たる古代手法の痕跡が残るのに、どうして最近の西洋占星術師たちは嘘をつくのでしょうか?

私利私欲にまみれたビジネス上の目的しか感じられませんね。
ここにもまるで中共のごとき歴史捏造が感じられます。
悪魔に等しい者たちの卑しい意識を感じて不快です。

……などと。
やはり結局、不快なことを思い出してしまいました。
嫌なことばかりに目を向けてしまいがちな自分の性分を反省します。

ともあれ皆様には、私欲にまみれた者たちによる歴史捏造に左右されない冷静な目を持っていただきたいと願います。
私の文章が役立てば幸いです。
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