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吉野圭のプライベートブログです。『我傍』裏話や前世、軽めの話+占星術
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本物のスピ本 モーゼスの『霊訓』

世にスピリチュアル本はたくさんあるけれど、「本物らしさ」を感じられる本はごく僅かです。

アマゾンで無料だったためダウンロードした、ウィリアム・ステイントン・モーゼス『霊訓』。
この内容の高潔さと、美しいとしか言いようのない簡潔さは人間の書いたものとは思えない。
もし人間が書いたのだとしたら最高度に人格が高く、文章力も高い人なのだと思います。
特にこれを執筆したのがキリスト教の牧師さんだということは、本物らしさを感じます。宗教によらない全人類博愛の精神は、一宗教に偏る人の思考ではとうてい発想することが不可能な内容です。
(この文章は宗教を否定していますので、一宗教の牧師としては勇気ある発表だったと思います)

私がこれを「本物だ」と思った理由はもう一つあります。
それは、下記の文章を読んでいる時に起きました。
神と人との敵――我等の使命に対して、絶えず反抗的態度を執りつつある、有力なる悪霊の集団がそれである。(略)
われ等は彼等に対して、永遠の戦を交えつつある。

悪霊の存在――善を捨てて、悪に走るほど慨嘆すべきものはない。汝は 優勢なる魔群の存在を不思議に思うらしいが、事実はその通りであり、而かもそは毫も怪しむに足らぬ。

この文章を読み、私は心の中で「本当かな?」と思いました。
「悪霊(悪魔)との戦い」という思想はキリスト教的ですから、キリスト教系の教義を刷り込むための嘘なのではないかという疑いが過ぎったのです。

その瞬間。

不意に、上から白い羽が落ちて来ました。
ぎょっとして空を見上げましたが、鳥の姿は見えません。
「まあ……外にいるのだから羽くらい落ちて来ても不思議ではないか」(その時は外で読んでいました)
そう思い自分を納得させようとした次の瞬間、今度は大きなアゲハ蝶が飛んで来て私の周りを飛びました。
この蝶は一時間ほどついてきて、周りを飛び続けたのです。

ちょうどつい先日、「蝶は高次霊の使いではないか?(高次霊は蝶を操ってメッセージを送る)」ということを実感したばかりでした。このことについてはまた後で書きます。

突然に落ちて来た白い羽と、周りを飛んだ蝶。
これらの偶然と考えるにしてはあまりにも不可解な出来事は、高次霊が、
「その文章は真実である」
とどうしても伝えたくてメッセージを送ってきたものと思います。

以上のことからモーゼスの『霊訓』は本物であるし、少なくとも上の文章は真実であるのだとお伝えしておきます。

※私の太陽のサビアンシンボル、『伝書鳩』の解釈からすれば、このメッセージは広くお伝えする必要があるのだと思って書いています



私も信じたくはないですが、どうやら「魔界」という悪い意識で満たされた次元は存在するし、背後の霊世界で「天界」の高次霊たちが「魔界」の者たちと戦っていることは真実のようです。

この地上において、ひどい嘘をつく人や他人の足を引っ張る人、どうしても理解できない残虐な殺人をする人など、根本から「悪」としか見えない人が存在することは否定できません。
やはりこれらの人たちは「魔界」から来たか、「魔界」の者たちに誘惑されて堕ちていく魂であるらしい。残念ながらそう思うほうが納得できます。

上の『霊訓』によれば、善も悪も全ては神(唯一真理のこと)の支配下にある、とのこと。
魔界に棲む者たちは「ただ不完全で未熟」な者たちであるらしい。
私もそう思います。
究極を言えばこの宇宙には、善悪などないのです。

しかし、あくまでも地上レベル、この地球を取り囲む人類の霊世界では残念ながら「善悪」が存在し、「天界」と「魔界」が存在するのでしょう。高次元と低次元、というだけの意味ですが。
そして高次元の霊たちが苦悩しているのは、地上に生まれた魂が「魔界」の者たちに誘惑され、続々と下層へ堕ちて行っていることです。
この数はかつてないほど増え、今、「天界」の高次霊たちは劣勢にあるのだと思われます。

『霊訓』からもう一つご紹介しておくと、宗教の形をとった誘惑や、スピリチュアル系の詐欺が最も「魔界」の者たちに近いツールのようです。
ここを読んでいる方はきっとスピリチュアルに興味があると思うので、騙されないようくれぐれもご注意ください。

・宗教団体に入るよう勧める
・法外な金品を求める
・自分または団体への愛想(服従)を求める
・服従しなければお前は死ぬ、世界は滅亡するなどと脅迫する
・家族や友人ら全員との絶縁を求める
これらのことが一つでもあれば、その人物は魔界の関係者だと言い切れます。
早々にその者と縁を切り、団体に入っていた場合は逃げてください。

『霊訓』より引用。
が、世には往々仁者の偽物がある。それ等は自己に迎合阿附する者のみを愛し、これに金品を与えて虚名を博すべく努力する。
 それから真の哲人――彼等は決していかなる学説にも捕われない。又いかなる宗教宗派のドグマにも拘泥しない。そしていやしくもそれが真理であり、科学的の事実でさえあれば、一切の先入的偏見を排除して、…(略)


それから言い添えておくと、高次霊はやはり人間との通信が非常に困難な様子で、だからこそ音声によらず意味だけ伝えて来たり蝶を使ったりと遠回しな表現をするのです。
音声でメッセージを伝えて来る・肩をつかむ・布団で添い寝される、…などされた場合は高次霊ではなく低級霊だと考えるべきです。あるいは、脳の側頭葉刺激による幻覚です(笑)。

私の考えを裏付ける言葉を『霊訓』より引用します。
普通は下級霊――通信者の大部分は、地上に接近せる下層の三境涯のものである。彼等は甚だ容易に人間と交通し得る。高級の霊にして、地上と交通するのは、人間界のいわゆる霊媒に該当する特殊の能力者である。高級霊が交通を開き得たる、優れた霊媒の数は極めて少ない。地上と通信を欲する高級霊は少くないが、容易に適当の霊媒を見出し難いので、何れも躊躇するのである。
低級霊との会話や、幻覚に中毒しないでください。
この世にいるうちは、霊を見る修行をするため宗教に入る必要はありません。妙な器具を購入する必要もありません。

どうか、ただただ人生を一所懸命に生きてください。
人生に「裏技」なんかありませんよ。
真面目に生きた者だけが天国へ入る資格を持ちます。

『霊訓』よりもう一か所、引用しておきます。私は私自身の記憶から、これが真実と知っています。
魂は地上生活そのままの姿で、彼岸に歩み入るのである。その趣味、好尚、習慣、反感等、生前死後を通じて、毫も変るところがない。変る所はただ肉体の有無のみである。地上にあって趣味低く、素行修まらざるものは、地の世界を逃れたとて、依然として旧態を守り、これと同様に、地上にありて品性の高潔なるもの、志操の確実なるもの、向上心の強きものは、死後に於いて、決して悪魔の徒弟とはならない。汝がこれしきの真理を会得せぬこそ、むしろ意外である。
すべては厳然たる因果の理法の現れで、金はあくまで金、鉛は最後まで鉛である。決して一朝一夕の所産ではない
自殺を考えている方はぜひこれを読み、踏み止まってください。
死んでも苦しみから解放されることはないそうです。
あの世の自分は、あくまでも地上のまま。
それどころか死ぬ時に悪い気持ちでいれば、魔群の巣窟である地獄へ引きずり込まれるかもしれない。そしてなかなか生まれ変わることも許されない。
「死ねば苦しみから解放される」というのは(私も勘違いしておりましたが)完全なる間違いだったようですね。

ただし生前に一所懸命生きた人は、死後に苦しみから解放されます。これは私が経験済みです。

〔引用箇所、一部漢字・改行変更。太字はブログ筆者による〕

蝶の意味についてはこちらへ移動しました ⇒蝶は高次霊が操る「使い」という話

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