夢や日常の伝言。高次霊・オーディエンスたちは生者を見守っている

吉野 圭

以前、当ブログの記事を引用して漫画を描いてくださった方からメッセージいただきました。ありがとうございます。
夢に関する話。
たぶんこのブログへ来られている方には参考になるはずの内容なので、作品へリンクさせていただきます。

絶妙なタイミングでもらう夢やインスピレーションとは?


作品紹介。

作者さんが体調を崩して入院されていたとき、夢に出てきたキャラクターから励ましの言葉をもらったそうです。
この体験をもとに「絶妙のタイミングでもらう夢やインスピレーションには意味がある」という考え方を描いた漫画作品です。
(本人の受け取り方、意味の持たせ方も大事というお話)

・夢や妄想の意味と現実/前編
・夢や妄想の意味と現実/後編・意味の持たせ方

後編の作品紹介文より

>「暗い側面を見すぎて染まるより、ものの明るいところを見て表現してほしい」

本当に仰る通りです。
深く突き刺さる。
この作品自体がまた、今の私へのメッセージにもなっていますから不思議です。


メッセージの不思議な重なり


そもそもメールにて上の作品を送っていただいたのは、当ブログ記事『日常が破壊される日々、諏訪さんのツイートで癒される』を読んでくださったから、とのことでした。

ちなみにこの時に私が諏訪さんのツイートを見て思い出したのは、作品中で主人公が言われるこちらの台詞。
※これは記憶に頼っての要旨で正確な引用ではありません。確か主人公が神(天)からの声に告げられる言葉だったと思います

お前は世界の悲しみだけを見過ぎている。(それはとても良くないことだ云々という批判)

まさに私にはぴったり当てはまる台詞でした。
読んだ当時は自分へ向けられたかのような的確な批判がザックリ深く胸に突き刺さり、しばらくメンタル復旧できませんでした。
どうしてそんなにリアルに突き刺さるのか?? 
不思議でしたが、あの場合は若干、物理次元の検索という技術が関わっていた気もしています。笑

ただ当時の批判が今になって蘇ったのは、明らかに物理で説明がつかないことです。
今の戦闘モードの自分にはあの時の戒めがさらに当てはまっているはず。現実的に。
だから、「これは高次霊からのメッセージだな」と感じたわけです。

その後に不思議なことに、あいきさん作品における文

>「暗い側面を見すぎて染まるより、ものの明るいところを見て表現してほしい」

を拝見して驚きました。
諏訪さんツイートで得たインスピレーションと重なりますね。
よほど私のガイドさんは今の言動を戒めたいのだな……と思って反省します。

〔戦闘モードについて、少しだけ言い訳〕
ネガティブ思考は確かに良くない。が、前記事で書いた通り、危難に直面したとき敵に着目するのは防衛分野では避けられない思考です。
これはもちろん地上物理の軍事理論にて。
ネガティブな側面を注視しなければ救えない命があります。
★おまけ。この件について参考になりそうな基礎的な話: 大陸人は悲観主義、日本人は楽観主義(でも今のウイルス対策について欧米は後手を採っていますがね。チャイナを甘く見過ぎました)

「地上の人間は死んでも構わない」と達観するのは天上の論理。それは宇宙の真理であっても、私はまだ地上の命が失われることに抵抗を感じないほど達観できません。達観したくもありません。
しかし上の戒めを受け取って、闘いの最中に決して行動では行き過ぎないように気を付けたいと思います。
そして私自身も暗いもので心を染めてしまわないよう、残虐行為に憤るだけではなくたまには平和なものを見るようにしたいと思います。
またここの読者様には有害ストレスを与えてしまわないよう。闘いの場を分けるように気を遣います。
戦闘員は戦場で闘い、可能な限り一般市民の平和な暮らしには迷惑をかけないようにする。これが鉄則。
全員で逃げなければならないときはこの場でも「逃げろ!」と呼びかけますが、そうでない限り皆様にはなるべく穏やかな世界を見ていて欲しいと願います。

〔追記『刀剣乱舞』について〕
あいきさんからのメールによれば
そういえば「刀剣乱舞」の世界観もざっくり言ってしまえば、敵である「歴史修正主義者」を名乗る時間犯罪者達が正しい歴史への修正を標榜して、歴史への攻撃をするのに対し、プレイヤーである「審神者」は、刀剣から生まれた付喪神「刀剣男士」と共に正しい歴史を守る…こういうのもなんですが、「正しい歴史を守る」という感じが吉野さんもぼやりと彷彿させてしまいまして。
とのことで、嬉しく思います。
歴史・文化、そして今に生きる人の命を僅かでもいいから救いたい。どうにかこの悪魔的な破壊行為から守りたい。
そう思い、無力なくせに闘おうとしているため私自身も最近は険悪になり過ぎているところがあります。
心のバランスを取るためのメッセージを今回いただきました。感謝しております。


オーディエンス(死者)たちは生きている人を見守っている


うっかり自分の話が長くなってしまいました。元の話に戻します。

あいきさんの作品に描かれている通り、夢や日常生活において人生を支えるためのメッセージがもたらされることがあります。
数字の重なりによる「エンジェルナンバー」や天気による「天意」もそうですね。
これらは古代から「神託(オラクル)」と呼ばれてきました。

現代の心理学では、
「脳の無意識層が自己の心身を救うための情報を拾っているだけ。神託などではない」
ということになっています。
でも私は自分の体験から、心理学が完全に正しいとは言えないことを知っています。
一部に自分自身ではなく他者――人間に近い死者やガイドの高次霊――からの伝言でなければ説明がつかない情報があるからです。
また、ゾロ目や天気などに自分の脳が関わるわけがありません。心理学で説明づけるのは不可能です。
(説明がつかないことを心理学者は全て「気のせい」と言って片付けるのですが、気のせいで済むなら学問など必要ないはずでしょう。つまり「気のせい」で分析放棄するのは「自分たち心理学者は必要のない存在」という意味。自家撞着しています)

ニュートン氏の本※では、ガイドの高次霊や仲間たちが地上へ生まれる魂を応援する様子が書かれています。
私の経験上も、死者であるオーディエンスたちは地上で生きる人を応援しています。
それはきっとその死者たちにも関わる願いを背負って生まれて来ているからです。

※ニュートン氏の本 『死後を知る名著、マイケル・ニュートンの本』

地上で生きている我々には生まれてきた理由があり、多くのオーディエンスの願いも背負っています。
もちろん自分自身の人生計画も。
だから簡単に命を投げ出してはいけないのでしょう。

私も体が辛いときや人生に絶望を覚えるときに「早く迎えが来ないかな」と考えるのですが、オーディエンスたちのことを想うと無責任に投げ出せないなと思います。(もちろん現世の人々を想えばなおさら)

生者でも死者でも、自分を応援してくれる存在があることは幸い。
生きる義務は重いだけではなく幸福なことだと言えます。
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