心優しきワニくんの100日を読む。ダラダラ過ごす日常の幸福〔追記あり〕

吉野 圭

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きくちゆうき氏ツイートより引用

昨日また、前世の死の光景などを思い出して振り返りをしていたのだが。

そんな「死」について考えていた昨夜、奇遇にも有名な『「100日後に死ぬワニ」』が最終回を迎えていたらしい。

 ⇒「100日後に死ぬワニ」(ねとらぼまとめ) 一気読みできます 

※いきものがかりコラボ動画は削除しました。理由は下に追記。

感想


この作品のことを噂では知っていたのだけど、私は流行を追うのが苦手なので、ツイッターなどで毎日読んだりすることはなかった。
反則ながら上のサイトで一気読みさせていただいた。

皆さんもコメントしているが「何気ない日常」が愛おしい……。

二十代前半(ワニくんは「少年」と呼ばれているのでまだ十代かもしれない)、バイトをしたり、テレビを見たりゲームをしたりで何気なく過ぎていく日常。
バイト先で先輩に寄せた仄かな想い。親友に背中を押されて踏み出した精一杯の勇気。

全てが懐かしく感じられる。
もちろんこのまま完全に同じ経験をしているわけではないのだけど、ワニくんと重ねてしまう自分の思い出がある。

この作品はたぶん日本のほとんどの若者が経験する日常を抽出して描いているのだと言える。だから多くの人の共感を呼んだのだろう。

こんな特別な事件など何もない100日間がどれだけ貴重だったかということは、大人になったら皆が思い知るもの。
若い人も、最近の外国の悲惨な情勢を見ていて感じることができるのではないだろうか? 自由に平凡な日常を生きられない外国の人たちがいるのだという現実。学問も、バイトも、恋愛も許されず殺されていく若者たち。
そんな外国のことなど関心が無いという人も、今の日本を襲っている危機を眺めて少しは感じられるのでは。
こう言っては何だが、今は多くの人が「死」を意識しなければならない情勢となっているのだし。(国民を守ろうとしない日本政府のせいで)

私は個人的にワニくんの生活のうち、テレビを見ながら眠くなり、パタッとこたつに突っ伏して寝るという場面が最も心に響いた。
自分がもうすぐ死ぬなどとは考えていない。それでその瞬間がどれだけ有難いものなのか分からず、無駄に過ごしてしまう。
でも実はその「無駄」こそが最高の贅沢
“明日、死ぬかもしれない”
などという考えが頭を過ぎることもなく、ダラダラと無駄に過ごす時間を与えられた人生ほどに有難いものはない。


何気ない日常ほど有難い時間はない


私はいつも、つい正反対だった前世と今世とを対比して考えてしまうのだけど。

前世: 息つく暇もないほど多忙で「死ぬか生きるか」ばかり考えていた
今世: 生まれたときから平和、多少の不満はあっても不安を覚えることはなく、ダラダラ過ごす時間も与えられた

こうして比較すれば、今世ほど有難い人生はなかったと分かる。
ほんの僅かも不安を覚えることなく、うたた寝すら許される時間があったとは何という贅沢な人生だったことか。

前世は必死に生きて、そのぶん痛いほど降り注ぐ絶大な幸福があった。
今世は無為に過ごして退屈極まる。何のお役目も果たせず、とことん封印された安全圏の人生に不満を覚えることが多かったのだが、日本で経験できたこの「平和な日常」は有難かった。

だから義がなく話の合わない人が多くて、私にとっては居心地の悪かった現代日本だが、何気ない日常を経験させてくれたことには感謝している。

日本の美しい景色も堪能できたことは幸福だった。
ワニくんが最期に見ただろう、桜が青空に舞う光景を私も来世で(または死後世界で)思い出すだろうな。

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……と、なんだか昨夜から死ぬのかなと思うような文を書いているが、たぶんまだお迎えは来ません。予定では。
新型コロナと日本政府のせいで、一週間後に死んでいる可能性はゼロではないが。


追記で余談。誹謗中傷について(不快な話だからナイーブな方は避けてください)


水を差すような話で申し訳ないのだけど、この作品についてはSNSで「電通の陰謀」などという黒い噂が拡散されているらしい。
100万以上の「いいね」やRTはおかしい、連載終了直後に「出版します」と報告されたから(おそらく「いきものがかり」の歌コラボも要因)、だそうだが。
やっかみの誹謗中傷に過ぎないと思う。

あれだけ流行れば連載中に目をつけられてお声がけあってもおかしくない……と言うか、放っておかれないのが普通だろう。
そもそも電通などが必死で宣伝したところで流行らないものは流行らないよ。笑
電通にそんな力はない。あればもっと大量のヒット作が生まれているはず。
(もちろん電通が宣伝すれば流行るチャンスは多くなるだろうが。チャンスを得たものが人気者になるにはそれなりの理由がある)

しかしこの「作者さんがコンテンツに対する収入を一切得てはならない」とボランティアを強要する風潮は何なのだろう?
創作家は何でも無料で提供しなければならない? 自分たちは一方的に愉しみを受ける権利がある? クレクレの我がままが過ぎる。

いつからコンテンツ作成者は「完全ボランティアでなければならない」ということになったのか。
コンテンツを作成するのには多大な労力が必要で、その労力に見合う収入を一切得てはならないとすればもう創作など生まれなくなる。

それでも心にあるものを表現する欲求に抗えない人は創作するだろうが、収入が得られないのでは創作に費やす時間がない。他の仕事をしながらでは善い作品を長く生み続けることは不可能。
おこがましいながら自分の経験を言えば――。私はそもそも素人と自覚していて作家デビューなどを目指したことは一度も無かったのだが、長く創作を続けられず読者様のご期待に添えなかったことは申し訳ないと思っている。ボランティアでは駄目だったと反省している。

作品への誹謗中傷について。
「レベルが低い」という声もあるがそう思わない人のほうが多かったから人気になったのだろう。

どこにでもある日常に対して「どうでもいい」「レベルが低い」などという感想を持つのは心の貧しさを表す意見で寂しい。
レベルの高い作品って何なのだろうな? 非日常を描いたもの?(笑) 
そう定義するほうが私にはレベルが低い、「お子様」と感じられる。
料理で喩えれば、高級品が分からない幼稚園児の舌のようなもの。
「どこにでもある」と誤解されている貴重な日常の、繊細で深い味わいを知る人のほうが私は好きだ。


3/22さらに追記 『いきものがかり』とのコラボ画像はさすがに不快と思う人が多そうだから削除しておいた。(ご存知ない方への作品紹介として分かりやすいかなと思って置いただけだし)
私も、最終回直後のコラボ発表は「うーん…なんだかな。もうちょっと後でもいいのに」と複雑な気持ちを抱いた。
作者さん(と販売者)にしてみれば売れる機会を逃したくないと思って最終回のタイミングだったのだろうが、あれはさすがにがっついている商魂の印象があったよね。
でも、そんなことで怒るのはどうなんだろうとやはり思ってしまう。普通の大人はそんなことに怒らないだろう。

皆さん心が狭過ぎる。
そして今、怒るべきことはもっと他にある。
日本人はどうして隣国が一般市民を殺戮している残虐行為はスルーできて、作家が身を削って生み出したコンテンツで稼ぐという正当なことにだけ怒るのだろう?
まして今は日本政府が医療封じし、新型コロナの患者を検査・治療せず放置して殺しているというのに。自分や家族が殺されることには怒らず、「ワニくん」には異常に激怒する。
この怒るポイントのズレに現代日本人の人間性が壊れてきたことを感じる。
もっと本質的な、命が脅かされていることなどに怒らなければ日本人の未来は無いと思うよ。

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