未来は計画通りか、選択の余地はあるのか? 運命 VS 自由意志まとめ

吉野 圭

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年始の占星術予測がいつもより厳しめだったのと、予言の話も書いたので気になっている方が多いのでは。

「未来は予め神の計画で決定しているのか、それとも人間に選択の余地は残っているのか!?」と。

 運命 VS 自由意志論争
私も長年考えてきたテーマです。
何度か記事で書いたこともあったと思います。運命タグを付けた記事で小出しに書いていますので漁ってみてください。

当記事ではまとめとして、今現在の考えを書いておきます。
記事の途中で過去の関連記事にもリンクしていきます。お暇なときに辿っていただければと思います。

(当記事に過去書いた記事と矛盾があったら申し訳ありません。あくまでも「今現在」の考えです)




何度もこのテーマに触れる理由


なぜ長年にわたりこのテーマに触れてきたのかと言うと、やはり占星術サイトなどを運営していると
「人間の運命は予め決まっているのですか? その計画は絶対に動かせないのですか??」
との質問メールを送って来られる方が時々いらっしゃるからです。

また、
「人間の運命が予め決まっているわけない、運命を計画している神なんか存在しない」
「引き寄せの法則で未来は創作できるのだ! 全ては人間の自由意思だけで決定されるのである」
という批判・反論(または攻撃)を受けることもあります。

そのような声にお応えするために私の分かる範囲で考えを書いてきたわけですが、やはりこのテーマに関する悩みは尽きませんね。

この件に解決をつける明解なお答えができず申し訳ないです。
私自身、決定的な表現が分からず回答に迷っているせいでもあるでしょう。

これは人類次元を超えた高度な超数学・超物理学の話であり、魂で言えば地上を卒業して久しい上級マスターだけが知覚できることだと思います。
そのような高次過ぎる魂は決して地上へ降りてきません。また彼らにメッセージを伝えられたとしても人間には理解できないでしょう。次元が違うので。

私が述べることができるのは、自分の輪廻転生の記憶から導き出した答えだけ。
それと若干ながらの占星術・スピリチュアル知識で分かることだけです。
その程度の話ですが参考になれば幸いに思います。

予言を受け止め準備をしてください


運命に縛られたくないと思う人はけっこう多いもの。
特に現代人には「国家にも親にも神にも縛られない、完全なる自由意志」だけが正義と信じている人は多いのではないでしょうか。

何度も書いてきた通り、私は自由意志を完全否定する者ではありません。
もともと私自身、個人の意思を大切に思う自由なタイプでもあるからです。

【関連記事】過剰な自由意志主義が危険なカルトに繋がることがあります。良いイメージの願いを持つことは大事ですが、自分だけの利己主義に陥りがちで騙される。ご注意を。
・引き寄せの法則の是非 ~占星術と輪廻の観点から~
・危険なスピリチュアル、「色即是空」の甘い罠


しかし我々のように占星術を知る人間には、「星々に刻まれた計画(ホロスコープ)通りに運命が実行される」ことを目の当たりにする機会が多々あります。
全てが占い師の予言通り実現する、ということではないのですが、少なくとも大枠の事件はホロスコープで裏付けられると言えるでしょう。

たとえば今年の初めに書いた2020年のシフトチェンジを表す星回りは明白なもので、多くの占星術師が口を揃えて言うように人類の大きな変化は確実にあると思います。具体的にどんなことがあるのか分からないので占星術師によって解釈は様々ですが。
私はなるべく皆さんを怖がらせたくないから、今年初めの記事では最悪想定を表現しませんでした。(あれでも、です)
しかしその後にうっかり呟いてしまったように、現実は私の思い描いた「最悪想定」に向かっている気がします。特に洪水の源となりそうな東アジアが。

先日上げた記事、『2020年大予言「湖北で疫病、東方から救世主が」 伯温先生、本当ですか?』の内容はもっと酷い。
自分の予測ではなく、他人の予言だからと思って無責任に引用してしまいました……。すみません。
関連国にお住まいの方々はショックを受けたことでしょう。
もちろん日本も他人事ではありません。対岸の火事として面白がり眺めているわけではないのでご理解を。我々日本人にとっても切迫した危機です。

予言は天体を読む占星術とは違って、未来視する個人の能力しだい。
ですから全て書かれたままに受け止めなくて良いと思います。たいがいの予言は、はずれています。
ただ伯温先生の碑文はトランジットのホロスコープや世情と照らして一致するので、ある程度は当たるだろうと私は述べました。
残念ながら今回ばかりは覚悟が必要です。そして、早い段階での行動が必要。

そもそも予言をする人たちが何のためにそれを告げるのかと言うと、他者に事前の準備を促すためではないでしょうか?
(これは依頼を受けて行う占星術のホロスコープ読みとは少し違います)

語弊あるかもしれませんが身近な喩えに引き寄せて話をすると、予言はウイルスの到来を警告するようなもの。
去年12月に武漢で新型ウイルスが発生したとき、誠実な隣国人たちは命懸けで
「日本にもウイルスが到達する。準備して!」
と警告していました。
ところが多くの日本人はこれを「デマ」と嘲笑し、「危機感を煽るな」と叩いていました。(呆れることに、こうなった今もまだ叩いています)
警告を無視して何も準備行動しない日本人が払う代償は、これから多大なものとなるでしょう。

警告されたのに何もしないで災難に巻き込まれる。
このことを「自業自得」と呼びます。

悪しき楽観主義は「自由意志で運命を選択する」こととは違うのです。これを勘違いして同一視している人が多い。
ウイルスを無視するだけで病気の無い未来を引き寄せることができたでしょうか? 否ですね。
危機を無視し、楽観的な未来を思い描くことだけで引き寄せられる善き未来などありません。現実は逆なのです。


計画は100%実行されるとは限らない


いっぽう占星術師は予言者と違って、何か大きな事件について危機感にかられて叫ぶのではなく「天体」という公式文を読むだけ。
災害アラートが鳴らなくても読むことができるので事件そのものに縛られず、いつの時代の天体でも好きなときを選んで読めます。
事件があった時期と何事も起きなかった時期を比較することもできます。
だから予言者より、もう少し大きな過去から未来の流れをストーリー的に眺めることができる気がします。

そんな占星術師の視点から述べさせていただくなら(私は近現代の僅かな歴史しか眺めていませんが)――
やはり、
“大枠の未来計画は予め定まっている”
と言えます。

自由に生きたい方々には誠に残念なお知らせですが、どうしても「計画は存在する」としか読めません。
これは私を批判しても怨んでも仕方のないことです。

特に大きな集団、国家や人類・地球上など規模が大きくなると動かし難いシナリオ(舞台設定)があるようです。
個人はその大きな設定のなかで、ある程度の自由意志をもって動いていくことになります。

もちろん個人にも人生全体では大枠のシナリオがあって、動かし難い設定はあるらしい。
ただし他の記事で何度も書いている通り、計画は設定に過ぎず、結末は絶対的に定められたものではありません。
違う未来を選択することは可能なようです。
その裏付けとして究極的なことを言えば、“自殺”です。ホロスコープで読める人生計画に自殺だけは定められていないのですが、それを選ぶ人が実際いるということは、ホロスコープの計画書は実行されない場合があるということになります。

死後世界の記憶を語る人々の話を集めた、ニュートン氏のレポートによれば
「計画通りではなく、若いうちにうっかり事故で死んでしまったので死後パートナーに怒られた」
という笑い話のような事例が出てきます。
と言うことは、人生計画は100%実行されるよう自動的に仕組まれているわけではなく、単なる理想目標としてのゲーム・シナリオ程度のようなものだと分かります。


何故、動かし難い運命があるのか


計画は100%絶対ではない。

それでも何故、時代の大枠に「動かし難い運命」というものがあるのかと言うと、多くの人が生まれる前の計画を果たそうと努めているからだと思います。

根本的なことを勘違いしている人が多いので繰り返し書いておきますが、運命計画は神から与えられる義務ではありません
全ての人が自分で選ぶシナリオです。
だから本心のところではシナリオを実行したいと願っています。
この魂からの願いは非常に強いので、たいていの人の人生が計画通り実現されます。

そして大勢の人がそのように「計画通り」の人生を生きた結果として時代が創られます。それは多くの魂が集まって動く巨大なエネルギーですから、たった一人の力では反発し難いということになります。

つまり神学(スピリチュアル)の法律によってではなく、人的力学によって動かせないのです。

個人では抗えない集団というものがあります。
一人では巨大国家や権力と戦えない。それと同じで、一人だけで変えられる時代の運命など無いのです。

このことは前に
『個人と集団の責任』
という記事でも書きました。
たった一人の社会計画によって創られる時代など無い。むしろ、そんな社会計画があったら危険。
個人の論文などがきっかけとなり時代が動くことはありますが、一人だけでその時代を創ったわけではなく賛同して実行した多くの人々こそが主人公であり罪を負うべき責任者です。
そのため、時代の参加者は誰か一人に責任を押し付けて罪を逃れることはできないと言えるでしょう。
名のある戦犯だけに責任を押し付けて、自分は蛮行の罪を免れようとするのは狡い態度です。もちろん魂次元では罪を免れることなど不可能ですが。

(だから殺戮の時代のきっかけとなった哲学者が全責任を負う必要はありません。それでも今もまだ弊害が続いているなら、虐殺を終わらせるために自分の過去の論文を撤回していただきたいです。もし生まれ変わったとすれば、悪魔思想を撤回する程度の義務は果たすべきです)

これが記事冒頭で
「運命は人類次元を超えた高度な超数学・超物理学」
と述べた理由。

個人の運命も
「あまたの過去世の選択、行動×生まれる前の計画×今世の自由意志」
という高次元の計算で決まります。
そこに、
「時代に参加する者の全過去×全計画×全自由意志」
が掛け合わされる……。

時代の運命とは、このように想像を絶する計算の末に組まれるプログラムです。
人間レベルで結末を考えるのは不可能ではありませんか?

我々のような人間の星読みができることは、高次元の数学マスターたちの組んだ青写真のほんの一部、「舞台設定」くらいだと言えるでしょう。
それでも一歩先の未来を読み、準備することくらいはできるかもしれません。
ただ回避するためではなく、自分が携えてきた人生のシナリオを最高度に実現するために。

人生をオンラインゲームに喩えると、どう生きるべきか分かりやすい


このように
「動かし難い運命がある」
という話をすると必ず、
「最初から決まっているなら、何やっても無駄。ぜんぶ諦めて、何もしないで生きていこう」
と思ってしまう人がいます。

それは違います。
運命が動かし難いからと諦めるのではなく、ここに生まれたからには行動していかなければなりません。
地上という舞台で行動するために人生計画を携え、自分で今を選び生まれてきたわけですから。

分かりやすく、人生をオンライン・ゲームのようなものと考えてください。
(私は何度かこの喩えを使っていますが、オンライン・ゲームが一番説明しやすい)

予め時代設定がプログラミングされた「ゲーム世界」が用意されていたとします。ちなみにそのゲーム世界は過去にログインしたユーザーが創り上げた設定です。
この「舞台設定」プログラムを一人きりで動かすことは難しい。
でもそんなゲーム世界のなかで、どうプレイしていくか決めるのはログインしたあなた自身です。
あなたも物語の一員ですから、ゲーム内で動くことで新たなゲーム世界をプログラミングしていくことになります。他のログインしたプレイヤーとともに。

どのような結末に辿り着くかは、あなた次第。
ただ、ゲーム内では懸命に動く必要があります。最大限に努力した先に、ゲームクリアが待っています。

クリアできないこともあります。
しかしクリアできなかった場合は、再ログインで同じテーマにチャレンジしなければなりません。(舞台設定は変わりますがテーマは同じ)
何故ならそのステージをクリアしない限り、次のステージにログインして参加することはできないからです。

だから最初から諦めて何も行動しない、ということは駄目。
それではゲーム内で一つ所に留まってタイムアップするだけ。永久にステージクリアのレベルアップは不可能です。

ステージを与えられた限りは、最大限にゲームを行うこと。
それが諺で言うところの
“人事を尽くす”
ということになります。
「人事を尽くさねば天命は無い」、つまり「やるべきことをやらなければゲームクリアは無い」わけです。

『心の病を避けるコツ』で書いたことも同じ。
「最悪を想定して腹をくくるのが心を安定させるコツ」、と書きました。
でもそれは決して、全てを諦めて何もせず運命を受け入れるべきだ、という意味ではありません。
私はこの記事で
最悪を想定して最善を尽くす
とも書いています。
この「最善を尽くす」こそが重要です。

大それた行動に出ろ、と言っているわけではありません。
自分にできる範囲で、身の回りの小さなことをやってみる。これが大事。
一歩、一歩。
小さな歩みがいずれ大きな結果に繋がるはずです。
たとえ今世で計画半ばに終わってしまったとしても、意味のない行動など何も無いのだと言えます。これは本当に。
(本当のことを言えば、自ら人生を途中放棄しない限り努力は経験値として積み重なっていくからです。ログインポイント+経験値ポイントが貯まる)

究極の真理は円かもしれない


また混乱させるかもしれませんが、最後にもう少し踏み込んだ真理(と私が思う話)を述べておきます。

究極の次元では「始まりと終わり」は決まっていると思います。
と言うより、その次元では時というものが無いので、始点と終点が同時に在ります。

個人も全体も最初から終わりまで自由意志で動いていることは確か。
生まれる前の計画も自分で選びます。神様に押し付けられる運命など一つもありません。
ほとんどの人生計画は実行されますが、100%変えられないわけではない。途中放棄さえ可能。
しかし計画に反して途中放棄したなら、次の人生で必ず同じ計画を経験することになります。

この全体の総計が変わらない。
つまり、一が全に等価なのです。
だから表現としては「結は最初から決まっている」と言えます。これは正確な表現ではありませんが、あくまでも時間の存在する地上の感覚で述べるならば。

イメージとして表現した場合、始点と終点が丸く繋がる円、という形は確かに分かりやすい。
『メッセージ』という映画で表現された宇宙字の言語が真理に近いのでは?と思います。

この「運命の輪」が長く延びるか短く終わるかはあなた次第、ということになります。
どれだけ長く延びても全体の総計が変わらないことは言うまでも無いですが。


……我ながら、何のこっちゃ(笑)。
まるで禅問答のよう。
分かりづらくてすみません。表現が難しい。
おそらく伝わらないだろうと思いながら、一応書いてみました。
いつか伝われば幸い。
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