我傍的、ここだけの話

吉野圭のプライベートブログです。自作品『我傍に立つ』裏話と世間雑記、占星術メモ
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そう言えば、孔明が「中庸」だと誰が言ったのでしたっけ?

ふと浮かんだ疑問で、たいしたことのない雑談です。

本来なら限定記事にすべき内容。でもこのような雑談でパスを打ち込んでもらうのも申し訳ないため、公開としておきます。
(あと、歴史マニアさんへご教示を呼びかけるために)

釣り目的ではありません。

中道・中庸を意識することが増えた


この間の、紫陽花を眺めての記事でさえ中道と書いてしまったように。
最近の私は以前よりも「中道」や「中庸」といった言葉を使うことが増えました。

これはここのところ各所で左右の二極化が進み、争いが増していくのを憂えているからです。
こんな時代だからこそもう一度「中庸」を蘇らせるべきだと思っています。

特にTwitterなどSNSではアルバイターが二極化を煽り、二極のどちらかに所属していない者は存在を否定され排除される傾向にあります。
どこもかしこも気持ちの悪いカルト社会になってきて、居心地が悪いです。

私は幼い頃から偏った考え方の人が嫌いで、自分自身でも偏った考えに囚われることを恐れてきました。
これは“事なかれ主義”で、“ポリシーが無い(ノンポリ)”から平均を取って安心する態度とは違うはずです。
ただ適宜に、その場その時に最も相応しい合理的な手段を選ぶために、二極に囚われないようにしようと心がけているだけのことです。
何かの政治思想に囚われると思考停止し、非合理な考えを主張するだけのロボットになってしまいます。
たとえば今回のコロナ禍で、「コロナ安心安全。マスク不要、検査不要、治療不要」と叫び続けた首相サポーターズのように。

とは言え私は現実主義者でもありますから、その時々に応じ右にも左にも思える発言をすることがあります。
 ※再確認。現代の私の定義→中道自由主義者、リバタリアンらしいです

まあ、団体に所属していない一般人なら本来これが当たり前と思いますが。

今どきは一般の主婦の中にまで、SNSにて調教を受けてしまい、まるで団体員かアルバイターのように左右の台本通りの発言を繰り返す人たちがいます。
そのような人たちにとって、左右の定義に当てはまらない私の態度は最も癪に障るらしく、この記事で書いた方のように過剰な反応をされます。
とにかく誰も彼もが二極陣営からの言葉狩りにご執心な昨今。「お前は敵方だ!」とのレッテル貼りが流行のようです。

先日、Twitterでフォロワーさんが
「左右の二極しか考えられない奴は愚かだ」
などと真っ当なことを仰っていて嬉しく思いました。
今どきは彼のように自分の頭で・その時々に応じた考えをする中道主義者のほうが希少です。だから白い紫陽花のように清々しく、目立って見えたものです。

どこに「中庸」「適当」と書かれていたのか?


ところで孔明も「中庸の人」と言われ、中道主義者の代表のような扱いを受けていることは、例の体験後かなり後で知りました。

と、言うよりネットなどでちらほら囁かれる噂(主に悪口)で目にしているだけ。

【私がよく見かける悪口の例】




>適当! 中庸! 良い言葉です♡

ここは完全に、いじっていますよねえ。笑
「中庸=良い加減=いい加減。テキトー」という、よく使われる嫌味。
私も今、実際に言われることがあるから痛いです。

(なお、上の記事を書いた人は歴史捏造を目的とした悪意ある団体所属の人ではなく、純粋なマニアの方と感じます。だからいじっても全然構いません。愛があり・史実を踏まえた弄りなら、どんなにふざけたお遊びでも構わないと私は思います)

【別館の関連記事】箱崎みどり さんの記事を読んでの感想
「偉大なる平凡人」という救いの言葉 吉川英治『諸葛菜』解説記事を読んで (正確には、吉川英治の話)
「孔明は日本の先祖」という釣り記事で、諸葛亮が反日ターゲットとなった理由を知る

しかし実際はどこに「孔明は中庸」と書かれた記録があるのか、ふと疑問を覚えました。(「平凡人」は中庸と同じ意味ではないでしょう)

後世の歴史家の評価?
それとも本人の言葉だったか?

たぶん私はその記述を未読……だと思います。記憶曖昧。

歴史マニアの皆さん、「孔明は中庸」の由来をご存知だったらご教示ください。


寄せて行ってはいません


余計なことかもしれませんが書いておくと、私は全くこの人物評価に寄せて行っているわけではありません

実は「寄せて行っている」と言われるのが一番、嫌です。

私は私として、幼い頃からそのまま変わらずに生きているだけ。
どんな形であるにせよ、現実に在る個性というものを否定されるのが一番腹が立ちます。自分でも、他人でも。
(だから常々キャラクター捏造やレッテル貼りに怒っている)

それに物真似をしようと思うなら、こんな中途半端なキャラの寄せ方はしません。
前から言っていますが、物真似するならもっとフィクションのキャラクターらしく振る舞わなければ意味がないのではないでしょうか?
私にはフィクションそのものがよく分かりませんので、猿真似は他の方へお任せしますよ。(あの高いハードルを超えられる自信があるのならね。笑)

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