帰れなかった都を思い出し… 涙で霞んで見えない『琅琊榜』ラスト

2020年10月15日

先に更新報告です。今、別館のほうではアクセスアップのために古い記事を改稿しながら上げています。

たとえばこちら。これは純粋に歴史趣味記事として愉しんでいただいた方が多かったようです… 背景を考えれば痛いでしょうが。

まだ読んでいない方で、もし興味あればどうぞ。面白ければ拡散お願いします。

空旅中国「孔明が挑んだ蜀の道」レビュー 。人道主義の痕跡

なお、上の記事では客観を心がけて書いています。

以下が当ブログ内、本音の主観レビュー。このときはそんなに泣いていないのでご安心を。それに現代人としての分析癖が勝っていますのでネガティブでもないはず。

成都から北伐への道、現実景色を鳥瞰してみての雑感

ここから今日の雑談ですが、こちらのほうがむしろ少しネガティブで重いかもしれない……。

華流ドラマ『琅琊榜』にやられてしまったという話です。

架空物語のほうが無防備ゆえに、不意打ちで突き刺さる

先日、『琅琊榜』の軍事シーンで軽い中華酔いを起こした私。

それでもこれだけ長期に観てきたので、やめることはなく観続けていました。

そんな『琅琊榜』Gyao配信も昨日で最終回。けっこうストーリーが面白くて楽しみにしていましたから、本土で巻き起こったらしい「梅長蘇ロス」(私は靖王が好きだったから靖王ロス)を起こすのではないか? と恐れつつ観ました。

でも地雷は予想外の場面にありました。

※以下ネタばれ注意※

 

都を離れる記憶が蘇った

後半、梅長蘇が出征する展開があるのですが……

都から軍隊が出て行くシーンを見た瞬間、不意打ちで胸を突かれ、泣き伏せました。

再び息もつけないほどのあの号泣が襲い来た。(発作と呼ぶ)

夜中に一人で観ていたのですが、嗚咽を抑えることができなくて辛かったです。他の部屋で寝ていた家族にもし聞かれていたら、きっと「お腹痛いの??」と心配して飛んできたでしょう。

以降、最終回、最後の重要シーンであるというのに涙で霞んでほとんど見えなかった。くっ… 不覚。

もはや何かの障碍です。もう勘弁して欲しい。

今週中、もう一度見返さなければなりません。また泣いてしまわない自信はないけど。

架空設定だからこそ届く核心

言うまでもないことでしょうが。

一応「泣いた理由」を書いておくと、もちろん自分の記憶と重なったからです。

あの、青く暗い街道を軍隊を率いて歩いた光景が蘇りました。そして「二度とこの地を踏むことはない」と思いながら都を出たときの感情がどっと押し寄せて来ました。

まるで『我傍』を書いていたときのように、逃れることのできない感情の渦に翻弄され呻くことしかできなかったという。この年にしてまだ忘れられないとはお恥ずかしい……。

 

でも架空設定だからこそ無防備に映像を受け入れてしまい、100%近くの濃度で蘇らせてしまったのだと思います。私は現実の景色や話に対しては予め心を防御することができるのですが、架空設定ではその防御をオンにできません。

それに架空設定のほうが、実はリアルの核心が正しく描かれているということもあります。現実名で描かれた創作には何も感じない私も、こういった寓話からはむしろ強いメッセージを受け取ってしまいます。『琅琊榜』の制作者が優れていたためでしょう。

 

制作者のメッセージに心打たれた

泣いたのは軍隊の場面のせいだけではなく、最後『琅琊榜』制作者のメッセージが分かってしまったので打たれたのでした。

『琅琊榜』は「古典を蘇らせよう」とする作者の強い想いが宿る作品でした。全編、漢文化が濃厚に迫ってくるような映像美と精神性の高さがありました。

当然に現実歴史もイメージに織り込まれています。

冒頭で悟ったように、梅長蘇には特定人物のモデルがいるらしい。

この世界は架空の国・架空の時代であるはずなのに時々、現実の歴史人物や思想家の名前が出てきます。そのわり肝心の主人公モデル名は出さない。当然、わざとです。「言わなくても皆、分かるよね?」という感じ。そういう暗号を共有して愉しむ演出がまた中華らしい。

(しかし宣伝コピーには堂々と名が使われているという無粋… あのコピーは日本の配信会社が考えたものでしょうが)

しかし途中まではフィクションをモデルとしているようでしたから、私も「ペラペラ。浅いなあ」と多少怒りながら観ていたのでした。

ところが最後は明白に史実を意識していたよう。さらにその直前、長蘇に言わせた台詞が特定人物へのメッセージのようでした。また、現代を生きる大陸人への強烈なメッセージでもあります。

まずその台詞メッセージに打たれ、感動しているところに場面で追い打ちをかけられ…… 私は撃沈したのでした。

もちろん良い意味の撃沈です。感動と感謝で溢れています。

 

まとめ

どうしても単純にストーリーそのものを愉しめない自分の状況も、残念ではありますね。

しかし現代現実を生きる力を届けることが、こういった文学的な作品の役割。制作者もそれを意図しているし、観客としては最善の味わい方でもあります。

私はたまたま他人より異常に深く理解し、本物の感情を味わい過ぎて支障が出ているだけです。これはイレギュラー過ぎる。もちろん中華限定。(こんな視聴者がいることは制作者も想定外でしょう)

 

後日また気持ちを落ち着かせて普通の感想を書こうと思います。

漢文化の紹介として役立ちそうな作品だから、界隈ウォッチャーさんたちのために別館で書きましょうか。