ここに在る地獄

吉野 圭

高校時代のような過去話を書くと、必ず私が世間に同情されたくて書いているのだと勘違いする人が現れるのですが、今は同じ立場の人たちの代弁者として書いているだけなので心配しないでください。
自分などのために、こんな話を公の場で書くわけがないでしょう。甚大なるリスクを冒して。

それから未だに私自身が苦しんでいるわけではないので(今も差別と嘲笑を受けている現実はありますがもう諦めているため苦しんではいない)、私のために心を痛める必要はありません。

ただ現時点で、かつての私と同じような苦しみを受けている人たちがこの日本に大勢いることを知って欲しいと願っています。

もっと不遇な人たちも大勢います。
無戸籍の人たちも存在し、彼らは小学校にさえ通うことができず、病気になっても病院へ行くことさえできません。当然に就職など不可能です。この人たちが、この豊かな国の片隅でどのように食べて命を繋いでいるのか想像するだけで背筋が寒くなります。

参考記事
「私は戸籍が32年間ありません」~無戸籍者、国内少なくとも1万人の可能性

こんな人たちをただ見捨てるだけでは飽き足らず、「学校へ行っていない」という理由で蔑み、喜んで嘲笑しているこの国の人々に絶望を覚えます。(もちろんそんな人たちばかりではないですがね)
嘲笑している人々は、きっと心が無いんだな。
もしかしたらここは世界で最も悪質な地獄の場かもしれません。「心を失う」という地獄です。


私が不幸な日本の子供たちの話をサイトで書いていたとき、ある主婦の方がブログで
「甘えるな! 日本には戦争がないじゃないか。この国に生まれて生きている人は全員、戦争のある国に生まれた子供よりよほど幸福なのだ」
と批判されていたのですが、私は「本当にそうだろうか?」と首を傾げました。

確かに戦争がないことは幸福の一つです。

私も平和な国に生きられたことを幸福だったと思っています。
ここは自分で住みたいと願った夢の国ですし、今は夢の叶った人生と言えます。

しかし、時々、戦乱の時代に生きていた頃よりもこの国の人々が不幸に見えることがあります。

この国に蔓延する、心を失い・自分の考えを失い・知性を失うという病は……。
もしかしたら命を失うことより悲惨かもしれませんよ。
それは魂を失うことに等しいのですから。

他人に嫉妬し、弱い者を蔑み嘲笑する快楽だけに溺れて生きたこの国の人たちは、死後にどんな苦しみを味わうことになるでしょうか?
『天国と地獄』に記録された霊界からのメッセージを手掛かりに推測すれば、おそらく『デスノート』に描かれたように、永遠に思われる「虚無」の中で自分を見失ったまま漂うことになりそうです。

言っておくがそれは「無」とは違う。
自分が悟りを得た釈迦のように「無」に溶けると想像するなど、なんて図々しい。嫉妬に溺れて生きた人間が、そんな安らぎを得られるわけないのであって。
あくまでも永遠に存在しつつ「虚無」を味わうことになる。
それ以上の地獄はないでしょう。

今すぐ心を取り戻す努力をしてください。
嫉妬をやめ、蔑みの快楽を捨て、報われない人たちを思いやる心を持つべき。
目に見える「戦争」だけではなく、精神的にもっと悲惨な不幸がこの世にある。想像力を持つべきです。
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