2021
Oct
05
-
この状況は私がハードル下げを願ったせいか? 願いの暴走と、これから行うこと
これは鍵付きで語るべきかもしれませんが、誰もに当てはまるはずの運命法則の話だから、お役に立つよう公開しておきます。
訪問間もなく筆者の事情をご存知ない方も、たとえばこの辺りの記事↓を読めばだいたい推測できるかと。
〔前提〕 前世記憶らしきイメージを見たときのことと当初の状況・考え
先日別館に掲載した古いレビュー記事を読み直しながら私が考えていたのは、「今のこの状況は自分が願ったせいでは?」ということでした。
(現世で記録を発見し状況を知った)当初、想像を絶する評価の高さを知り恐怖におののいた私は、
「評価を下げ、ハードル下げてくれ!!」
と強く願ったものです。
幼い頃から高く評価されることに怯えてきた私。
開示された過去のハードルは、今の現実を遥かに超え雲の高みにありました。
あまりにも恐ろしい状況に、つい評価下げを願ってしまったのは仕方のないことではなかったかと思います。
それからしばらくして上の漫画が世に現れ。
マキャベリ的で共産主義者ふうの描き方は納得いきませんでしたし、有害だとも感じましたが、初めて人間らしく描かれたことが嬉しくて歓迎しました。
背景に赤い思惑があることなど気付かずに。
思えば、あの2000年代後半が分岐点だったでしょうか。
ちょうど善悪反転の運動が始まった頃。勧悪懲善のブンカクが吹き荒れ、虐殺が褒め称えられる異常なジャンルとなりました。そして「伝統」を血祭に上げるための吊るし上げが始まり、理屈の通らない誹謗中傷が声高に叫ばれるようになりました。
史実を語る一般ファンの方々はリンチなど暴力の被害者となり、心も体も踏みにじられてジャンルから去って行かれたらしい。
外から眺める人たちは当然、「頭おかしいカルト信者の巣窟。キモい」と言ってジャンルに近寄ろうともしない。結果、ファン人口の少ないジャンルとなって荒廃したようです。今、ゲームなどのCMだけは盛んですが実態は張りぼて。まさに共産国のよう。
日本でのこの状況を招いたのは、もしかしたらあのようなブンカク漫画を歓迎してしまった私か?
ハードル下げを強く強く願ってしまったせいだろうか…?
ここのところずっと考え、申し訳ない想いに沈んでいます。
いつも書いているように私は「引き寄せ法則」に反対している者です。
それは皆様が引き寄せセミナーなどに中毒しないように、という意味で反対しているのですが、自分自身は願ったことが実現しやすいタイプだということに気付いています。
たとえば虹を求めれば虹が出る。
雨よ降れと言えば降って、「お前のせいだ」(笑)と言われる。
他にも願いが反映されたと感じることは、小さなことまで数えればたくさんあります。
もちろんいつも何でも願いが叶うわけではありません。
たとえばお金や仕事など現世の欲についての願いは反映されないらしい。だから家族に「宝くじが当たるよう願って!」と依頼され、唱えてみますが6億など当たったことは一度もありません。笑
遠くの外国人、他人に関する「救われて欲しい」などの願いも残念ながら反映されないみたいです。天気でも遠くの台風被害・洪水被害は防げなかった。
ただ自分自身や身近な人については、非常に願いが反映されやすいようです。
それは決して「引き寄せの力」が他人より強いからではなく、やはりオーディエンス(死者の観客)たちが願いに反応して動いてくれているためでしょう。
【詳細】オーディエンス(ガイド霊・マスター霊・見物霊)について、体験まとめ
上記事に書いた通り、私が「オーディエンス」と呼ぶ周囲の死者たちには支持者だけではなくアンチもいるらしい。まさに現実の生者と同じ。
だから私の願いは想定外の方向へ実現したり、叶い過ぎて暴走したりということがあるのかもしれません。
それにしても「ハードル下げ」の願いは、いくらなんでも叶い過ぎではありませんか。
全人格否定・全生涯の否定、大切な絆まで踏みにじられ、周囲の人々まで巻き込み侮辱し尽くされることまでは望んでいませんでした。
当たり前です。絆が踏みにじられることを、あの人々が侮辱されることを、私が望むわけがない。とうてい許せない。
2007年のレビュー記事を振り返っていて、自分があのブンカク漫画を歓迎して受け入れてしまったからアンチが調子に乗り、暴走したのかもしれない……と思いました。
たとえそうではなかったとしても、私が評価下げを願ったのはファンの方々への裏切りだったと思います。
自分が恐怖から逃れるためにハードル下げを願うとは、たんなる我がままでした。心から反省しています。
よく「言霊(ことだま)があるから気を付けろ」と言いますが、背景にはこのように引き寄せだけではなくオーディエンスの力もあると思います。
オーディエンスがいることも自分の行いの結果ですから、結局は「自分が引き寄せた」に等しいのかもしれませんが。
私の場合は現在の願いが実行されただけではなく、カルマの実行ということもあります。
過去生ですでに“ハードル下げ”を強く願っていた記憶があります。
いずれにしろ。
「自分のせいで悪いことが起きた」と罪悪感を抱かずに済むように、いつ何時も清らかなことを願っていたいものです。
なかなかそうはできませんけどね。
私などは最近
「カルト思想は完全に滅殺する!」とか
「地球の公害・民の敵、あの国の政権は消滅する!」とか、
「善悪反転した地獄虫たちは悲惨な死に方で故郷へ帰る」等々と…
過激な未来ばかり予測(≒願う)するようになってしまいました。
ここまで怒りが膨らむとは自分でも意外でしたね。
嘘ばかりつき、人間性を破壊し、これからも残虐行為を楽しもうとしている者たちが許せないのです。
どうか願いが暴走し、罪なき人々まで巻き込むことのないよう祈ります。
こんなことよりも願うべきは、人々が人間性を取り戻すことだと思います。
善悪をもう一度反転させて元へ戻し、温かい絆を取り戻すことです。
そのために必要なのは「伝統回帰」でしょう。人間が人間らしく生きていた時代の文化を蘇らせる。
やりますよ、伝統回帰。いずれ私が行います。
(無名無力ですが…。涙。どうか宣伝にお力を貸してくださいませ)
そのためには、かつてハードル下げをしたくて否定した伝統的テーマを復活させましょう。
そこは実際どちらでもいい部分なので変えてもいいと思っています。多くの人が求めるテーマなのであれば従います。
>>2023年5月以降、この目的で実行しているのが『我傍』を実名化した小説です
完全には元には戻しません。
せっかくハードル下げされたバランスは残して、現実らしく表現させてください。
肝心要の真実だけは、『我傍』で描いた通り迷いなく打ち出していきます。
この最後の仕事が文化破壊を打ち消し、誠実なファンの方々への罪滅ぼしとなりますように。
私の出生ホロスコープ、重要な惑星のサビアンシンボルは「吊るされた男」。
その一度前は「船で広げられ掲げられる旗」で、伝統回帰を表します。(過去生の記憶が蘇ることも表しているそうです)
“伝統回帰”とは、水瓶座の強い私にとっては最も遠いテーマのような気がして不可解でした。
しかし実は、伝統回帰こそが水瓶座の表す本物個性になり得るのだと大人になってから気付きました。
ここのところ言葉の意味もろくに知らない人々が、うわ言のように「多様性、多様性」と叫んでいて気持ち悪さを感じます。(独裁主義に従う奴隷信者で、他人に「一神教」を強要しているくせに)
ほんとうの水瓶座らしい多様性とは、不動の核を持った個性を輝かせることです。“核”とは、国のレベルでは伝統文化のことを指していると思います。
社会を破壊するために「多様性」という欺瞞を叫び、分断を喜ぶのではなく。
それぞれが自分の伝統・個性を発揮し、お互いにリスペクトし合って結ばれる「多様性」を受け入れてください。
私は過去へ回帰することに決めました。
本物の水瓶座時代を実現させるために。
訪問間もなく筆者の事情をご存知ない方も、たとえばこの辺りの記事↓を読めばだいたい推測できるかと。
〔前提〕 前世記憶らしきイメージを見たときのことと当初の状況・考え
ハードル下げてくれ! と確かに願ったが
先日別館に掲載した古いレビュー記事を読み直しながら私が考えていたのは、「今のこの状況は自分が願ったせいでは?」ということでした。
(現世で記録を発見し状況を知った)当初、想像を絶する評価の高さを知り恐怖におののいた私は、
「評価を下げ、ハードル下げてくれ!!」
と強く願ったものです。
幼い頃から高く評価されることに怯えてきた私。
開示された過去のハードルは、今の現実を遥かに超え雲の高みにありました。
あまりにも恐ろしい状況に、つい評価下げを願ってしまったのは仕方のないことではなかったかと思います。
それからしばらくして上の漫画が世に現れ。
マキャベリ的で共産主義者ふうの描き方は納得いきませんでしたし、有害だとも感じましたが、初めて人間らしく描かれたことが嬉しくて歓迎しました。
背景に赤い思惑があることなど気付かずに。
思えば、あの2000年代後半が分岐点だったでしょうか。
ちょうど善悪反転の運動が始まった頃。勧悪懲善のブンカクが吹き荒れ、虐殺が褒め称えられる異常なジャンルとなりました。そして「伝統」を血祭に上げるための吊るし上げが始まり、理屈の通らない誹謗中傷が声高に叫ばれるようになりました。
史実を語る一般ファンの方々はリンチなど暴力の被害者となり、心も体も踏みにじられてジャンルから去って行かれたらしい。
外から眺める人たちは当然、「頭おかしいカルト信者の巣窟。キモい」と言ってジャンルに近寄ろうともしない。結果、ファン人口の少ないジャンルとなって荒廃したようです。今、ゲームなどのCMだけは盛んですが実態は張りぼて。まさに共産国のよう。
日本でのこの状況を招いたのは、もしかしたらあのようなブンカク漫画を歓迎してしまった私か?
ハードル下げを強く強く願ってしまったせいだろうか…?
ここのところずっと考え、申し訳ない想いに沈んでいます。
引き寄せと言うより、オーディエンスの力
いつも書いているように私は「引き寄せ法則」に反対している者です。
それは皆様が引き寄せセミナーなどに中毒しないように、という意味で反対しているのですが、自分自身は願ったことが実現しやすいタイプだということに気付いています。
たとえば虹を求めれば虹が出る。
雨よ降れと言えば降って、「お前のせいだ」(笑)と言われる。
他にも願いが反映されたと感じることは、小さなことまで数えればたくさんあります。
もちろんいつも何でも願いが叶うわけではありません。
たとえばお金や仕事など現世の欲についての願いは反映されないらしい。だから家族に「宝くじが当たるよう願って!」と依頼され、唱えてみますが6億など当たったことは一度もありません。笑
遠くの外国人、他人に関する「救われて欲しい」などの願いも残念ながら反映されないみたいです。天気でも遠くの台風被害・洪水被害は防げなかった。
ただ自分自身や身近な人については、非常に願いが反映されやすいようです。
それは決して「引き寄せの力」が他人より強いからではなく、やはりオーディエンス(死者の観客)たちが願いに反応して動いてくれているためでしょう。
【詳細】オーディエンス(ガイド霊・マスター霊・見物霊)について、体験まとめ
上記事に書いた通り、私が「オーディエンス」と呼ぶ周囲の死者たちには支持者だけではなくアンチもいるらしい。まさに現実の生者と同じ。
だから私の願いは想定外の方向へ実現したり、叶い過ぎて暴走したりということがあるのかもしれません。
ファンの方々にも申し訳ないことをしてしまった
それにしても「ハードル下げ」の願いは、いくらなんでも叶い過ぎではありませんか。
全人格否定・全生涯の否定、大切な絆まで踏みにじられ、周囲の人々まで巻き込み侮辱し尽くされることまでは望んでいませんでした。
当たり前です。絆が踏みにじられることを、あの人々が侮辱されることを、私が望むわけがない。とうてい許せない。
2007年のレビュー記事を振り返っていて、自分があのブンカク漫画を歓迎して受け入れてしまったからアンチが調子に乗り、暴走したのかもしれない……と思いました。
たとえそうではなかったとしても、私が評価下げを願ったのはファンの方々への裏切りだったと思います。
自分が恐怖から逃れるためにハードル下げを願うとは、たんなる我がままでした。心から反省しています。
これから何を願うべきか
よく「言霊(ことだま)があるから気を付けろ」と言いますが、背景にはこのように引き寄せだけではなくオーディエンスの力もあると思います。
オーディエンスがいることも自分の行いの結果ですから、結局は「自分が引き寄せた」に等しいのかもしれませんが。
私の場合は現在の願いが実行されただけではなく、カルマの実行ということもあります。
過去生ですでに“ハードル下げ”を強く願っていた記憶があります。
いずれにしろ。
「自分のせいで悪いことが起きた」と罪悪感を抱かずに済むように、いつ何時も清らかなことを願っていたいものです。
なかなかそうはできませんけどね。
私などは最近
「カルト思想は完全に滅殺する!」とか
「地球の公害・民の敵、あの国の政権は消滅する!」とか、
「善悪反転した地獄虫たちは悲惨な死に方で故郷へ帰る」等々と…
過激な未来ばかり予測(≒願う)するようになってしまいました。
ここまで怒りが膨らむとは自分でも意外でしたね。
嘘ばかりつき、人間性を破壊し、これからも残虐行為を楽しもうとしている者たちが許せないのです。
どうか願いが暴走し、罪なき人々まで巻き込むことのないよう祈ります。
こんなことよりも願うべきは、人々が人間性を取り戻すことだと思います。
善悪をもう一度反転させて元へ戻し、温かい絆を取り戻すことです。
そのために必要なのは「伝統回帰」でしょう。人間が人間らしく生きていた時代の文化を蘇らせる。
やりますよ、伝統回帰。いずれ私が行います。
(無名無力ですが…。涙。どうか宣伝にお力を貸してくださいませ)
そのためには、かつてハードル下げをしたくて否定した伝統的テーマを復活させましょう。
そこは実際どちらでもいい部分なので変えてもいいと思っています。多くの人が求めるテーマなのであれば従います。
>>2023年5月以降、この目的で実行しているのが『我傍』を実名化した小説です
完全には元には戻しません。
せっかくハードル下げされたバランスは残して、現実らしく表現させてください。
肝心要の真実だけは、『我傍』で描いた通り迷いなく打ち出していきます。
この最後の仕事が文化破壊を打ち消し、誠実なファンの方々への罪滅ぼしとなりますように。
余談:伝統回帰と多様性
私の出生ホロスコープ、重要な惑星のサビアンシンボルは「吊るされた男」。
その一度前は「船で広げられ掲げられる旗」で、伝統回帰を表します。(過去生の記憶が蘇ることも表しているそうです)
“伝統回帰”とは、水瓶座の強い私にとっては最も遠いテーマのような気がして不可解でした。
しかし実は、伝統回帰こそが水瓶座の表す本物個性になり得るのだと大人になってから気付きました。
ここのところ言葉の意味もろくに知らない人々が、うわ言のように「多様性、多様性」と叫んでいて気持ち悪さを感じます。(独裁主義に従う奴隷信者で、他人に「一神教」を強要しているくせに)
ほんとうの水瓶座らしい多様性とは、不動の核を持った個性を輝かせることです。“核”とは、国のレベルでは伝統文化のことを指していると思います。
社会を破壊するために「多様性」という欺瞞を叫び、分断を喜ぶのではなく。
それぞれが自分の伝統・個性を発揮し、お互いにリスペクトし合って結ばれる「多様性」を受け入れてください。
私は過去へ回帰することに決めました。
本物の水瓶座時代を実現させるために。
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