神秘・占星術

    偽物の「水瓶座時代」演出が気持ち悪くてしょうがない

    最近はワンパターンな話ばかりとなって申し訳ないです。世間から流れて来る話が毎度同じことの繰り返しなので…。

    しかし、世間の話は同じように見えてここのところ一気に進んだな(悪い方へ)と感じます。
    たとえば少し前、アンダーグラウンドで語られていたはずの話が急に公へ出始めた。
    なにしろテレビ東京で語られていた「やりすぎ」な都市伝説が、自称・公共放送のNHKで語られたのですから異常事態です。
    前記事『バーチャル空間で永遠に生きる? 魂否定、死後世界から逃げたい人たち』参照。

    「グレートリセット」も陰謀論用語だったはずが、ついに世界的な公用語となってしまいました。
    ま… 「陰謀論用語」と言うか、本当は占星術用語だったのですが。

    全てはあの唯物主義者たちによる計画だったのだなと感じます。
    占星術の「水瓶座時代」突入に合わせて、"せーの!"でグレートリセット、SDGs、LGBT、バーチャルシティ移住計画などが公の場で叫ばれ始めた。

    平等が尊ばれ、同性愛や中性がチヤホヤされ、宇宙や仮想空間への移住が計画されている。
    いかにも水瓶座らしいコンセプトばかりが一気に噴出した感があります。
    「2020年末を過ぎたらちょうど水瓶座時代が到来した! 占星術が当たった~」
    と思って喜んでいる人も多いのではないでしょうか。

    でもね……、
    これは何度も言いますが、
    わざとらしいんですよ。

    平等とか中性とかバーチャルとか、「いかにも水瓶座」過ぎるワードが空虚で気持ち悪い
    ペラペラの上っ面だけをなぞっただけの水瓶座らしさ演出がお寒くてゾッとします。

    だいたい2020年末に水瓶座時代へ突入したからといって、ここまで急に変化が現出するわけないでしょう。
    占星術で今回ほど大々的なシフトチェンジはとても大きな変化をもたらしますから、人間の意識では気付けないくらいゆっくりと変わっていくはずです。"水瓶座時代"が実現したと人間が実感できるのは100年先、200年先だと思います。

    それなのに、たかがマスメディアごときがグレコンの翌年から水瓶座時代の到来を告げられるわけがないのです。笑
    毎日毎日、メディアが
    「グレートリセット! 新時代到来!」
    「平等! LGBT! 中性!」
    などと唱え水瓶座を演じる自己演出を聴いていると気持ちが悪くて鳥肌が立ちます。

    生まれつき水瓶座の価値観を生きてきたからこそ、なおさら偽物が気持ち悪くて仕方がないのか。

    こう例えて良いのか分かりませんが、ペラペラ解釈なフィクションの自分を眺める気分にも似ていますね。
    偽物の自分を眺めるのはこれほどにも気持ち悪いものか、と驚くものです。
    (まあ現実でフィクションは慣れたので構いませんがね。悪意がなければ良いと今は思っています)

    【関連記事】 平等・多様性という言葉が上滑りしています。排除する人になっていませんか?

    なお他の記事でも書いている通り、左メディアが誘導しようとしている改革(K産改革のためのグレートリセット)などは水瓶座時代に実現しようがありません
    本当の「水瓶座時代」は、もっと人間の予想を裏切る形で始まるはずです。

    私は個人的にバベルの塔の物語こそ今世紀を象徴したストーリーではないかと思います。古い聖書には占星術師も関わっているのかもしれない。
    予言だと思ってバベルの塔の物語を読むと面白いでしょう。
    babele.jpg
    バベルの塔の物語:
    偽典の「ヨベル書」によれば、神はノアの息子たちに世界の各地を与え、そこに住むよう命じていた。しかし人々は、これら新技術を用いて天まで届く塔をつくり、シェム[6]を高く上げ、人間が各地に散るのを免れようと考えた。神は降臨してこの塔を見「人間は言葉が同じなため、このようなことを始めた。人々の言語を乱し、通じない違う言葉を話させるようにしよう」と言った。このため、人間たちは混乱し、塔の建設をやめ、世界各地へ散らばっていった。

    Wikipediaより
    バベルの塔を造るのはニムロデという王で、「神に復讐を誓い」、「全ての言葉を反対にしてしまう」者。そして高い塔を造って天下を統一・専制支配しようとしていた。…まるであの国のよう。
    これが神の怒りを買い、高い塔は風を吹き付けられて倒れた。人々は混乱させられ統一言語を失い、個々の民族で散り散りになっていった。…これが、あの国と世界の未来です。

    つまり、神を殺そうとした階級主義による統一は叶わない。人々は民族の自由を取り戻して各地で自由に生きる、ということでしょう。
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