現代世間話

    「ファンを守るために声を上げる」芸能人たちに共鳴

    『ワイドナショー』を家族が観ていて小耳に挟んだのですが、戸田恵梨香さんなど芸能人たちが週刊誌に抗議の声を上げているらしい。

    【参考】週刊誌に「反撃」した戸田恵梨香に称賛の声 佐藤大和弁護士「過度な報道、議論すべき時」
    「有名税」を払うばかりだった有名人の「反撃」に芸能界からも賞賛の声が上がっている。

    2人の「嘘をつき続けて苦しくはありませんか?」(戸田さん)、「芸能人が嘘をつくと怒られるのに 週刊誌が嘘をつくと怒られないのはなぜですか?」(水川さん)といった言葉からは今回の件にとどまらない怒りを感じさせる。

    この件は私も知っています。彼女たちの発信に心の中で大拍手を送っていました。

    >嘘をつき続けて苦しくはありませんか?

    全く同感です。
    何度でも引用したい。

    >嘘をつき続けて苦しくはありませんか?

    >嘘をつき続けて苦しくはありませんか?


    笑……
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    でも、あの者たちは嘘をつき続けても全く苦しくないんですよねえ。それどころか、常に嘘をついていないと苦しくて死んでしまうみたいですね。二酸化炭素とともに嘘を吐く生態の動物らしい。

    なにが「有名税」だ。
    人を吊るしあげて貪る快楽に溺れているだけでしょうに。卑しい犯罪の正当化。
    そのように人を貶めて金儲けしている犯罪者たちを許していたら、この世は地獄へ堕ちていくばかり。

    声を上げる勇気ある芸能人たちのおかげで世の中少し変わりそうな気配がします。

    『ワイドナショー』に集まった芸能人たち曰く
    「時代は良いほうへ変わった」
    「SNSで芸能人が発信できるようになったから。SNSの功績」
    とのこと。
    まさにそうで、言論は大事。
    もっともSNSも場合によっては言論弾圧に走りますから(トランプ氏やC国批判のアカウントが処刑されたように)、複数の言論の場を確保しておきたいものです。

    そんな芸能人たちのうち誰かが言った言葉が私の胸に刺さりました。
    (画面を観ていなかったので誰が言ったかはっきりと分からない。たぶん中居くんの話に反応した、AKB NMBの子かな? 引用も要旨です)

    「嘘の報道を目にして傷付くのはファンの人たち。ファンを守るために本当のこと言わなきゃ」
    「有名な人たちが、SNSでファンの人たちへ向けて“この報道は違うよ”と発信してくれるのをよく見かける。ありがたいと思う」

    ごもっとも。
    若いのに筋の通った、立派なご意見です。逆にSNSで育った若い世代だからこそ言えるのかもしれないが。

    この意見を聞いて、私も
    「今まで黙っていてごめんなさい」
    「自虐ばかりしてごめんなさい」
    と思って深く頭を下げたくなりました。

    ……て、私は有名人ではないですけどね(笑)!! ←最近一般人であることを忘れかけている

    私の特殊事情として、“前世”が有名で誹謗中傷され吊るしあげられている現状があります。
    もちろん“前世”と思っているのは私自身だけなので、客観的に見れば他人が吊るされているだけであり私の人生には全く関係ないのですが。

    しかし、アイデンティティを重ねている者としてこれまで黙っていたこと、むしろハードルを下げるために積極的に自虐して貶めに加担してきたこと本当にお詫び致します。

    疲れ果てていますが、罪滅ぼしにもう少しがんばらねばと思います。


    それにしても… 
    アイデンティティ(人格)を一致させながら誹謗中傷と戦うのは本当に精神的に辛い。
    何より、私が持つ過去の温かな記憶を踏みにじられていることが辛いです。

    「それなら前世とやらの妄想(笑)を捨てて、普通にファンとして擁護すれば?」 と思われるかもしれませんが、私の場合それも難しいのです。
    何故なら現実に性格、キャラクター属性が似てしまっているからです。
    今ここにある現実の性格は、さすがに誰が何と言おうと「妄想」ということにできません

    それにもし彼を他人として知っていたら、私はただ近親憎悪で嫌っていただけ。自分と同じようなタイプはどうしても好きになれないし、興味も持てない。このため執筆の動機が湧きません。
    (人は似た者同士で惹かれ合うと言うが、内面の考え方が似ている人、志が近い人を好きになるだけ。私は特に自分とは遠い性格タイプのほうを好きになります)

    今、自分に引き寄せて考えるからこそ責任を感じて語り続けることが可能となっています。
    だからもし全てが勘違いだったとしても、こうしてアイデンティティを重ねて執筆活動をすることは私の運命だったのでしょう。
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