現代世間話

    自己啓発本しか読まない読書家たち

    『世にも奇妙な物語』で名作リメイクが放送されましたが、特に『ズンドコベロンチョ』が今の世も反映しているようで面白かったです。

    和製英語たるカタカナ用語を駆使し、「自分に知らないことはない」と豪語する主人公。
    しかし彼は巷で流行しているらしい「ズンドコベロンチョ」の意味だけがどうしても分からない。日頃、カタカナ用語を知らない人を罵倒してきたので、知らないことが恥ずかしくて誰にも聞けずに知ったかぶりする日々。彼を待っていた最悪の結末……

    「聞くは一時の恥 聞かぬは一生の恥」を描いた名作です。

    これを見ていて、
    「コミットする」
    などの和製英語を多用する経営コンサル系人種を思い浮かべてしまいました。

    それでつい、和製英語を好んで使っているコンサルタントたちのサイトを検索し眺めていたのですが。
    やはり少し首を傾げざるを得ない内容が多かった。

    たとえば、あるコンサルさんは自分のことを「読書家」と呼んでいる。
    しかし読書を始めたのは社会人になってからだそうです。

    へえ、そうなのか。
    いつからの読書でも否定しない。趣味はいくつになって始めても良いと思う。
    でもどうやら彼が社会人になってから始めた「読書」とは、自己啓発本を多読することらしい。ここで私は疑問を抱きました。

    うん?
    自己啓発本を読み漁ることが、「読書」? 「そんな自分、読書家」?

    ……炎上覚悟で正直に書いてしまいますが、自己啓発本だけ読む人を「読書家」と呼ぶのは、私はかなり抵抗があります。

    本のジャンルで差別するわけではありません。どんなジャンルでも本は本、辞書を読むマニアでも私は好きです。
    だから真実として自己啓発本が好きで読んでいるというのなら認めますが。
    どうもそうではなく利得のため(あるいは自分を飾るため)に読んでいるらしい人は、はたして「読書家」と呼べるのかどうか。

    以前ネットで「小説だけ読んでいる人は読書家ではない」と言っていた人がいてプチ炎上していましたが、私はむしろ逆に
    「趣味として小説も読んだことないのに自称読書家なのか?」
    と首を傾げてしまう。

    その前に、「読書家」という言葉自体も私にはよく理解できないのですがね。
    単なる活字中毒患者だからマニアと呼んで欲しい。

    本当に読書好きのマニアならば、趣味で本を読みます。読まざるを得ないのです、中毒だから。
    それゆえに何の利益にもならない小説は、読書好きなら必ず通過する道です。
    そんな小説を通らずに「読書家」を自称するとは、純粋に不可解です。

    上サイトには読書の効能を書かれた記事もありました。
    そのような記事を読んでいると確かに、前向きで楽しい。
    読書マニアも褒められているような錯覚(ただの錯覚)を起こしますし、これから「読書家」になりたい人々も惹きつけて人気になるでしょうね。

    でもよく読むと、彼らの説く「読書の効能」はやはり首を傾げてしまうものでした。

    彼ら曰く、読書の効能の第一は

    ●本を読むことで、無知ではなくなる

    ことであるらしい。

    不思議ですね。
    私は幼い頃から様々な本を読み散らかしてきましたが、未だに知らないことが山ほどあります。
    本なんか、いくら読んでもこの世は知らないことだらけですよ。

    それでいい。
    そんなことのために我々は本を読んでいるんじゃない。


    それともう一つ。
    上の読書家が仰るには、

    ●本を読むと他の人の価値観を許容するようになる

    らしいが……。

    それはそうだろうな、と思った。
    自己啓発本の価値観は一つだから。
    すなわち、
    「価値 = 人生において成功すること」 の一つだけ。

    さらに「成功」の定義は、金持ちになること・有名になること・美女(美男)と結婚しヒルズに住みパーリーピーポーになること。
    以上が「ぱっとした人生」というものでしょう。
    成功のための手法として、「引き寄せの思考」だったり「マーケティング」だったり「風水」だったり様々な方法論があるだけのことで、その手法の違いを「価値観の違い」と呼んでいるならあまりに世界を知らなさ過ぎる。

    本をいくら読もうが、この世には受け入れられない価値観があります。

    たとえば、
    「女は下等生物だから殴って奴隷にしていい」とか
    「不満があったらテロリズムに訴えて殺戮していい」とか
    「他人を殺して奪うことは正義」とか
    「○○教徒以外の異教徒は抹殺すべき」とか
    「始皇帝ばんざい。ナチばんざい。ISばんざい」とか……。
    こんな価値観に、私は決して寛容になれませんし絶対に許容しません。

    本を読んでいると、上の通り絶対に受け入れられない価値観に遭遇することがよくあります。
    受け入れられない価値観を感じることで世界を知り、自分を知るのも読書の醍醐味の一つではないでしょうか。

    こう書くとさらに炎上を招くでしょうが、自己啓発本ばかり読んでいるとバカになるかもね。
    与えられた価値観だけに染まり、自分とは何か、本当の目的とは何か考えなくなってしまうからです。

    自己啓発本を好む読書家さんたちは、
    「知らないことがあるまま死ぬことを最も恐れる」
    らしいです。

    私は、
    「自分の人生を生きられずに死ぬこと」
    を最も恐れています。

    成功、成功と叫んで、画一的な価値観に溺れ自分を見失うことこそ心底から恐ろしい。
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