幸福の総量は決まっている。72億の民をどうする?

風水について以前から思っていた考えを公開してしまいました。大反発が予想されます(笑)。

でも私は思うんですよ。そもそも「誰もが風水や成功哲学等の魔法を使えば大金持ちになれる」等と言うのは経済理論としてもおかしくないか? とね。
現在、地球人口約72億人。この全ての人が魔法を使ったとしたら、全員がビル・ゲイツやザッカーバーグみたいなとんでもない大金持ちになれる? そんなわけないじゃないですか。

「魔法を使った者だけが金持ちになれるのだ」
と言うとすれば、「申請した者だけが救われる資格があるのだ」と言う政府に等しい。特殊な知識ある者だけが救われる社会は、まったく平等な社会ではない。
平等ではないのなら「誰もが金持ちになれる」と言うのは間違っているでしょう。

運命の法則は、誰にとっても完全平等である必要があります。
いや、完全平等なはずです。
それが理論としての宇宙法則。

ただ地上という限定された範囲で見れば、人間の人生は決して平等ではありません。
何故なら前記事に書いた通り、過去生において全ての人(魂)の生き方は、各人それぞれですから。経験が違うし、能力も負のカルマも違う。

だからこの地上で「生来の平等」などあり得ないわけです。
かつて共産主義者たちが夢見たように、もし地上で無理やりに完全平等な生活を実現するとしたら人類は破たんするでしょう。
今、地上に72億人以上もいるのだから、全人類が「貧乏」になって細々と暮らしたところでおそらく間に合いません。計算上、既に全人類は物理的に生存できないほどの人口に増えている。

食糧という一点だけ取り上げてみても、成功哲学主義の人たちが言うような「誰もがお腹いっぱい食べることが可能な社会」は物理的に不可能ということが分かります。
もし成功哲学的に人類生存の夢を叶えるなら、他の星へ移住するしかないのでしょうね。
で、欧米には実際に他の星へ移住することを考えている人たちもいるらしい。あの人たちはどこまで欲が深いのだろうと思う。

雑談的な話になるけど、どうして地上にこんなに人類が増えてしまったのでしょうか?

よく輪廻転生反対派の人たちが
「魂は昔から同じ数だけあるはずなのに、現代の人口は昔より圧倒で増えている。魂が生まれ変わっているとしたら、数が合わないからおかしいじゃないか」
などと言うのですが、数が合わなくて当たり前。
死後すぐ生まれ変わる魂などめずらしいほうです。

実態は霊界のほうにスタンバイしている魂のほうが圧倒で多いらしい。(霊界だけに住み、地上に生まれない霊も多い)
つまり地上に生まれ出ている魂は氷山の一角のようなもの。
古代はもっと出生枠が少なくて、オリンピック選手なみに狭き門でした。

どうやら今は特殊な時代で、通常の時代なら生まれるはずもない未熟な魂まで生まれて来ているらしい。
私のように、「無理やり」隙間に滑り込んだ余計な人間もいるようだし。
何が起こるのかは分からないけど、霊界から見れば一大イベントがあるらしいです。
それで見物人もボランティアも一気に集まって、地上にひしめき合っているとも考えられます。

または。
こう考えるのは怖いことだが、むしろ霊界のほうに異変が起こっているのかもしれない。

以前ご紹介したモーゼス著『霊訓』によれば、どうやら邪悪な霊を封じる唯一の方法は、地上の肉体に閉じ込めて自由を奪うことらしいです。
そのようなわけで、
「死刑はするな。死刑で解放すれば、悪い霊に自由を与えてもっと悪さをさせることになる」
などと霊界の高次霊さんは仰っている。
その言い方には死刑反対というキリスト教的な嘘くさい人道主義は感じられず、本気で邪魔者だからこっちへ来させるなと迷惑がっているふしがありました。
まるで霊界と地上とで「迷惑者の押し付け合い」をしているように思えます。

この話から推測するに、もしかしたら現代は霊界に何らかキャパを超える異変が起きていて、邪魔な魂の面倒を見きれないので地上に追しつけている……のかもしれません。

だとすれば事態はやっかいで、悪さをした者たちを死刑にしてもまたすぐ地上に押し帰されるだけ、ますます地上人口は増えて収拾がつかなくなってしまう。

もっと現実的な話。
人間を減らせばいい、人口コントロールすればいい。理屈ではそれは正しい。
しかし人口コントロールを実行するのは危険で、たとえば第二次大戦であれだけ人類が死滅したのにその直後、むしろ爆発的に増えている。この事例を考えれば、人為的なコントロールは逆効果になる恐れがあります。

とにかく今言えることは以下だけです。

物理的にも、運勢的にも、「幸福」の総量は地上において決まっています。
だから幸福になるべき魂と、不幸になるべきカルマを抱えた魂は同数生まれてきていると考えられます。
この数を無理やり歪めることは危険です。

70億人以上も養える「幸福」は地上にはありません。
それ故、我々は少しでも貪ることを控えなければならないと思います。

我慢しろ・全員が清貧になれと言っているのではなくて、それぞれが持つべき富と幸福で満足し、他人の物まで貪らないようにしなければなりません。そのうえで生きているなら自分の役割を果たすよう努めなければ。
これは自分のため、そして世界のためです。