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引っ込み思案は欠陥? 個性は克服しなくて良いのでは【紫微斗・天相】

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先日家の片づけをしているとき、昔々プロの方に占っていただいた『紫微斗(しびと)占術』※の鑑定文が出てきました。

何故占っていただいたのか全く覚えていないのですが、たぶん当時は東洋占術も勉強しようと考えており、試しに自分で分析するためお願いしたのでしょう。
結果、あまり東洋占術にはまらずそれきりになってしまったのだけど。申し訳ない。

でもさすがプロの方の鑑定。
今読み返すと当たっている箇所が多くありました。

※『紫微斗(しびと)占術』…東洋で発展した占星術。宿曜占星術にも似ているが、おそらく別ルートで西洋占星術を直輸入し作り変えたものと思われる。詳しくは当記事下リンク、分析記事を参照。

紫微斗、当たっていた件


たとえば兄弟に関して。
「異母兄弟がいる」とは驚きの鑑定で、まさに現実その通り。「距離を置くべき」との結果でしたが、現実確かに疎遠となっています。(私の兄は遠方に住んでいます)

金運が高いことだけちょっと謎でした。
西洋占星術だと現実そのままで金運はお寒いチャート(笑)なのですが、東洋占術だと何故か「金運が良い」と出ることが多いですね。
もしかしたら何か別のことが金運に変換されているのか? たとえば「精神的恩恵」、とか。それなら確かに多くいただいているかも。

性格については、このように書かれていました。
控えめで温和、常識ある人格。他者を支える補佐役として重宝される。
完璧と言える人格者で悪いところは見当たらないが、強いて欠点を言えば恥ずかしがり屋で引っ込み思案なところ。この欠点を改善していくことを心がけよう。
「引っ込み思案」、ここでもご指摘いただいておりました。
子供の頃の成績表を発見したのかと見間違ってしまうくらい大正解です。通信欄に毎回こんな文を書かれていましたね。

先日も『パリピ』の記事で書いたところですが、私はおそらく稀代の引っ込み思案ですよ。笑
「補佐役」との表現もたぶん大正解ですね。

「エネルギッシュ」とか「リーダー格」など現実の自分と正反対のことを言われなかっただけでも、明らかにバーナム効果ではなしに当たっています。
比較するのも申し訳ないですが、現代インド占星術と比べてみれば圧倒で的中率が高いことが分かると思います。

こうして年を取ってから実人生と照らし合わせ振り返ると、中華の占星術もなかなか的中率は高かったのだなと分かります。

しかし当時の私にはまらなかったのは、性格に対する評価が少し表面的…と言うか、「関係の遠い他人によるイメージ」のように感じられたからでしょうか。

たとえば、「常識人」とか「完璧な人格者」と言っていただけるのはありがたい。でも現実そう仰ってくださるのは話をしたこともない遠い他人、もしくは一度会ったくらいの人だけ。

あと、疑問に思ったのは
「引っ込み思案が欠点」
とされたことでしょうか。

子供の頃、成績表の通信欄に「控えめ過ぎます。もっと積極的になりましょう」と書かれたことを思い出します。偏った価値観で人格否定された苦い思い出も蘇りました。

「引っ込み思案」を欠陥として排除する現代


引っ込み思案なタイプは現代で人格否定されがち。

「積極的で明るい、他人を楽しませるエンターテイメント性格でなければ人に非ず」というのが現代の価値基準となっています。そして内向性格の人はゴミのように扱われる傾向にある。

たとえ勉強ができても内向性格の人が人気者になることはほとんどありません。いや、むしろ勉強ができると「インテリ差別」を受けて人間関係の形成には不利。実際、小中高校では「頭が良い」というだけの理由で虐め殺されることさえあるのが現代です。

でもこの画一的な価値観、本当に正しいのでしょうか?
「エンタメ積極性格でなければ、生きてはいけない」
「大人しい性格は障害だから直さなければいけない」
なんて、真実だと思いますか?

大人しい性格も個性ではないか。
私は差別された子供時代を乗り越え、生き残った末にこう考えられるようになりました。

確かに内気で消極的過ぎる性格は人生の幅を狭めてしまいがちで、一般的な価値観から見れば「成功しづらい」と言えます。
でも成功の定義は人それぞれ。他人が決めるものではありません
自分の個性を活かし、本人が納得できる人生を送れたならそれこそ成功と呼べるのでは? 
むしろ向いていない職業に就いて一生「何か違う」と苦しみながら過ごすほうが不幸だし、「失敗の人生」と言えるでしょう。

あ、実は「失敗の人生」など無いのですけどね。
誤りの人生、苦しい人生もまた修業として意義あるもの。
ただ他人から押し付けられた「成功」の価値観で生きたら絶対に後悔しますよ、とは言えます。

たとえ生まれ変わりがあるのだとしても、一回ごとの人生で時間は限られています。心に従って生きられなければ永遠に同じ課題を繰り返すことになる。
だから他者の成功定義に翻弄される時間など僅かもありませんよ、ということです。

全員が同じ個性だと国家、人類が滅ぶ


東洋占術の成功定義が「出世して金持ちになること」であり、画一的な個性となるようアドバイスしてくるのは、前にも書いた通り唐宋代以降の中華で占いがビジネスとなったからだと考えられます。

それはそれで顧客の求めに応じた手法だから仕方ないのですが、個性を切り捨てる考え方は良くないなと思います。

全員コピーしたように同じ人間ばかりではつまらないですよ。
と言うか全員がチャラいパリピばかりでは国が滅ぶと思いますね。果ては、人類が滅びます。

太平洋戦争後の日本ではインテリ差別、マジメ差別が浸透し(実はこれも左翼教育・文化破壊=儒教破壊の一環)、有能な人材の社会からの排除が実行されてきました。
会社の面接では「人間関係に達者であることだけ」が重視され、お喋りが苦手な子は落とされてしまいます。
結果どうなったか。
口先だけ達者な者、人付き合いのうまい者だけが社会に居座り、能力ある人たちは潰され排除されて社会全体の能力が低下。そして今、現実に日本国が沈没しかけています。
外国勢力へ尻尾を振り、売国している者たちも「人付き合いだけがうまい奴等」ですね。

チャラい人たちが悪だと言うわけではありません。
口が達者で人付き合いのうまい人たちも必要なのですが、そういう人たちだけで社会を占領しては滅亡必至ということです。
我々のような引っ込み思案な補佐役の存在も不可欠ではないかと思いますし、黙々と仕事する職人・技術者も絶対に必要でしょう。
飲み二ケーションのことしか考えず、要となる仕事をするための人材を排除してきたのは本当に自殺行為でしたね。

最近、例の一神教徒たちが取ってつけたような“多様性”を叫んでいます。多様性と言いながらコピーしたように同じお題目を唱える愚かしさ。
あの者たちのようにキャンセルカルチャーの方便・人を責めるための武器として「多様性」という嘘を利用するのではなく、本気の本心から個性を認めるべきと思います。

一人一人が本気で個性を受け容れ始めたら、一神教の全体主義も崩壊するしかありません。
(つまりあの一神教徒たちは、自らを滅ぼす呪文だということも知らずに「多様性」のお題目を唱えているわけです。愚かですねえ)

だから画一的な価値観を棄てろ、自分の個性を否定するな、と言うのはあなた方自身のためであると同時に社会のためでもあります。


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昔書いた『紫微斗占術』に関する分析記事です:
1.紫微斗数占いとは何か
2.紫微斗、星座ミックスの件


性格分析のお話:
【MBTI】INTP・フクロウ型「非凡な知性を持った研究家」でした
このように最近一番流行っている性格分析MBTIはユングの分類に基づき、「内向性格」も「外向性格」とともに個性として認め排除しません。そもそも、約二分の一を占める内向性格を「障害」呼ばわりして排除したら人類滅亡するはず…。
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