我傍的な話(裏話・実話を絡めた歴史空想話)

    『我傍に立つ』執筆から25年… (ゆずデビュー25年を眺め思ったこと)

    昨晩は「CDTVライブ!3時間スペシャル」、家族が観ているのを横目で眺めていました。

    ゆず フェスだけ、ちょっと真剣に観たかなあ。
    〔以下敬称略〕

    もうかなりの年なのだろうに、北川悠仁のテンションの高さには慄きましたね(笑)。一人でライブを盛り上げ、さんざんワーワー騒いだ後に『栄光の架橋』を歌い上げたのは凄いと思います。さすがに声が枯れていたけど。
    そして岩沢厚治の安定の美声には感動しました。騒ぐ悠仁を横目に、黙々とギターを弾き美声を放つ。職人気質だなあ、とこちらにも脱帽。
    ゆずは日本のプロ歌手のなかで数少ない独自性と才能を持っていて、長年トップを走るだけあると尊敬しています。

    そんな ゆずも、間もなくデビュー25周年を迎ええるのだとか。あの桜木町が沸き立った頃からもうすぐ25年とは……。

    時はなんと早く過ぎ去ることか。光陰矢の如し。薤露の如し。

    1997~98年の自分


    いや、あたかもその場にいたかのように思い出を語っていますが、私は特に ゆず のために桜木町には通っていませんでしたので念のため。笑
    ゆずが桜木町で歌っていた1997年~98年のあの当時、私が何をしていたかというと小説執筆に全集中していましたね。

    97年は毎日、毎日、大泣きしながらパソコンの前でキーボードを打っていました。
    『我傍に立つ』を書いていたのです。

    書きながら、あまりにも泣いてしまうので食べ物が喉を通らず、飲まず食わず寝ず。24時間ぶっ通しでキーボードを打って倒れた日もありました。「このままでは死んでしまう」と家族に心配されたものです。
    (書きながら泣いた、と言うと軽蔑されてしまうのですが、事実なのだから仕方ない。何度も言いますが自分の書いた文に感動しているのとは違います。単純に思い出に泣いているだけです…それもやはり引かれてしまうんですがね)

    泣きながらキーボードを叩く。それは傍で見ている人には異常な光景だったはず。
    私が何故に泣いているのか、家族には理解できなかったでしょう。
    それなのに、よく反対もせずに書かせてくれたとありがたく思います。寛容な配偶者を持って私は幸せ者。
    以降、心配させてはならないと思うため全力で執筆するのは控えるようになりましたが。私も当時まだ若くて、死ぬわけにはいかないと思っていましたし。

    振り返ってみれば、記憶を思い出してからというもの、『我傍』を執筆していたあの時間が一番幸せだった気がします。
    あの頃はまだ自分の記憶が「自分だけの夢想、ファンタジーだろう」という甘い考えを抱いていて(記録照合はすでに完了していたが現実だとの実感がわかなかった)、そのために完全に自分の記憶だけに没入できました。
    晩年の話を書いている期間は辛かったのですが、書き終えた時には魂が浄化された想いがしたものです。

    最後の一文字を打ち終えたのは、明け方でした。空が明るくなって来る頃。
    窓の外に目をやり、水色の空にたなびく雲を見た瞬間の澄み切った気持ちは忘れられません。
    それは奇しくも、前世で私が最後に見た明け方の空に似ていました。

    あれから25年……
    「書けば記憶は消えるはず」と信じていたのに、まさかの全く消える気配がない。記憶に変化すらない。
    小説は多くの読者様から熱烈な感想をいただいたものの、社会で評価してもらえず(スピという世間に受け入れられない背景があるため当然です)、私の人生は何も変わりませんでした。内面の心情も変わらずです。
    我が人生ながら、驚異の安定感。25年もの間、変わらずこの件に関わり続けてきたことには自分でも呆れます。

    しかし窓から見る景色、世の中はすっかり汚く変わってしまいましたね。
    私の記憶も他者に汚されてしまいました。

    今は記憶が「自分だけの妄想ではない」ことを実感し、人格一致も体験しています。その結果、“現実”に襲われることとなりました。
    およそ人間とは思えない悪意で史実を捻じ曲げ誹謗中傷している者たちを目撃することになりましたし、そういった悪意に触れることで記憶が、魂が穢される気がしています。
    これが「ファンタジーが現実に喰われる」※という体験です。

    ※ファンタジーが現実に喰われる:筆者ネイタル、海王星カルミネートの解釈。一般には「幻想が現実に漏れ出して侵す」と解釈されるが、私の場合は全くその逆で、「自分の空想だと思っていたイメージが現実だった。ファンタジーが現実に奪われた」現象が起きた。

    今の使命


    今、私は『我傍』を実名にて書き直すつもりでいます。
    現実に汚されてしまった後ですから、あの頃と同じ気持ちで書くことは不可能でしょう。
    それでもやり遂げなければならないと感じています。今は十分に幸せな人生を送ってきた後だし、死んでも本望です。
    (先に去るのは気の毒なので。できれば伴侶が世を去った後に斃れたいものだけど)

    最後の最後に、あの澄み切った空がもう一度見られたらいいなと。それだけ願っています。

    ゆず の楽し気な25周年とはえらい違いでしたね…。苦笑

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