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吉野圭のプライベートブログです。『我傍』裏話や前世、軽めの話+占星術
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同性愛とプラトニック・ラブ

LGBTについてです。

海老名市議と自民党議員の「同性愛者は異常」発言によって、今最もホットな話題となりました。
これまでは読者様が極端に嫌がるためタブーとしてきたのですが、この機会に真面目に触れておきます。

以下12歳未満の子は保護者の指導のもと読んでください。


私は精神愛についての記事で、
「自分は前世では特に同性愛者ということはなかった」
と書きましたが、後で考えてみればこの言い回しは現に同性愛者である方々を傷付けるかなと思いカットしました。

上の記事では単に自分たちがそうではなかった(我々は性愛とは無縁だった)という事実を述べたかっただけのことで、決して同性愛そのものを否定するつもりではなかったのです。
でも「自分はそうではない」と強調することは、そうである人を責めているように響きかねません。

私が思うに、「プラトニック・ラブ」という用語だけでも傷付いているLGBTの方は多いはずです。
まるで肉体の関係を求めることが罪であるとする用語のようですから。

実際は、現在の一般化した「プラトニック・ラブ」という言葉の使われ方は誤りです。
プラトンは確かに同性愛における肉体関係を否定しました。ただしその真意を理解するためには、現代で言うところの「同性愛」というものと古代ギリシャでのそれとの違いを、よく認識しなければなりません。

現代の「同性愛」は純粋に生まれつきの、不可抗力な本能を意味します。それは病気でも、性的な趣味でも何でもなく、異性を愛することと全く同じ本能です。多くの方が異性を愛するところ、たまたま同性へ性愛を持つようセッティングされて生まれてきているだけのことです。
(詳しく言うと、肉体の性と精神の性が一致しない人は見た目には同性愛者であっても、真実は異性愛者となりますが)

ただし古代ギリシャやその他の時代の同性愛とはもっと遥かに広義です。
本能的な同性愛だけではなく、単に風習としてまたは女性の代用として嗜む習慣も含みます。
プラトンが批判したかったのはその中でも「性欲解消の道具として少年を扱う悪しき風習」についてだったはずです。
つまり現代ふうに言えば、「年少者への性的虐待をやめよ」ということだと思います。
ただしプラトン自身も同性愛者だったと言われていますので、絶対的に同性愛を罪だとして批判することが出来なかった。実際、正当な性愛であれば罪などではないからです。
それで、「少年を愛したいならその美しさを愛でるべきだ(美を愛でるに留めて肉体には触れるな)」という表現になったものと思います。

このような事情のもと生まれた「プラトニック・ラブ」という思想を、現代では「肉体に触れるのは罪」あるいは「純愛こそ真の愛」と誤用していますので、同性愛者の方々はこの言葉によって責められているように感じ傷付くのでしょう。
異性愛者であっても「プラトニック・ラブ」という言葉の前にはなんとなく罪の意識を感じるものです。異性愛者に限っては何故か、結婚によって行為が許されるのだと都合良く解釈されているのがひどく不公平ですが。

だからもし、LGBTの皆さんが「プラトニック・ラブ」という言葉で自分を責めることがあるなら、そんな必要はないのだと思っていただきたいです。

性愛を抱くことは罪ではありません。
ただ肉欲中心の愛情のない行為に耽ることは、自分にとっても相手にとっても害悪。さらに相手の合意がない場合は殺人に等しい罪になるのだということです。
こんなことは異性愛であっても当たり前のことでしょう。

要するに、同性愛でも異性愛でも同じ。
愛を持つことが優先なのではないでしょうか。


さて、もう少し核心の話に触れます。

海老名市議のツイートをきっかけとして、巷では
「同性愛は異常かどうか?」
という大議論が巻き起こっていますが、こんな議論が起こること自体が日本は後進国の証です。
未だに日本人のお年寄りたちは、「同性愛者は精神病」とでも思っている。治療すれば治るものだと。
バカ過ぎる 勉強不足にもほどがありますね。

しかし海外はもっと宗教的な理屈抜きの差別ですから、日本はまだましと言えるかもしれません。
「異常だ、治療しろ」と言うからには同じ人間だと思っている前提があります。
日本人もそうだが、東洋人は全体にもともと性的なことに関心が薄く、そのため同性愛者に対する差別も昔から存在しなかったように思います。だから現代で急に議論することになると、このように幼稚で勉強不足な発言ばかりとなるのでしょう。何も知らないので。

実際、異常かどうか?
の問いで言えば、私はもしかしたら「異常かもしれない 生物学的にはイレギュラーかもしれない」と思います。
(修正について:表現の違いに過ぎないのですが、「異常」という言葉を肯定した書き方をするともしかしたら私が差別を認めたと受け取る人もいるかも、と思って「イレギュラー」としました)
ただ日本人が心配しているように、「同性愛は少子化に繋がる」ということは絶対にないと思います。
古来、同性愛者たちは人類の中で一定数存在してきたし、それで人類滅亡することも現にありませんでした。
また現代で同性愛者が増えているのは、それがもしデータ的に確かな事実だとすれば、地球規模で人口が増えているせいでしょう。性別を持つ動物は個体数が増え過ぎると同性愛が増えて、個体数を減らそうとするそうです。それは個々で見れば確かに「異常」なのかもしれませんが、全体で見れば正常な機能が働いた結果と言えます。従って、全体では「正常である」という結論になります。

同性婚が認められ始めたからといって、すぐに「少子化! 人類滅亡だ!」とワーキャー騒ぐのは勘違いも甚だしい。もっと根本的な対策をしたらどうだろう。
日本に限って言えば若者の貧困が少子化に繋がっているだけなので、貧困をなんとかすべきだ。
そう言う私も、貧困に絡め捕られて子供を持てなかった者の一人。
自分たちの無策への批判を無関係な同性愛者などに逸らそうとする議員たち、私腹を肥やして貧乏人の子が飢え死にするのを楽しげに見ている役人たちには、心底から怒りが湧きます。


なお改めて書いておきますが、私は前世では同性愛者ではありませんでした。主人とその関係も一度もありません。(たぶん。記憶上です)

でも今世ではおそらく、LGBTの内に入る人間でしょう。
運良く見た目では多数の部類に入っているのですが、本当に運がいいだけですね。

ブログやサイトに来られる方は、どうか文章を通した中身を見ていただきたいです。
プラトンが言う通り、肉体は優位ではないのです。
中身(魂)こそが人の真実です。



【関連する話】
「マイノリティに人権を! 反差別!」は今やすっかりK産党が看板を奪ってしまいましたが、議席が欲しくて嘘をついているだけですから注意が必要です。K産主義思想が求めるのは結果の平等(機会の平等ではない)、階級闘争の殺戮がスタートであり弱者は切り捨てる思想なので信じてはなりません。上の話はもともと一般人が叫んでいた願いであり、国家としても妥当性のある政策です。参考>>デュープスを救う、ネオ人道主義のすすめ
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