三国志、歴史|隆中譚

    蠍座さんフォローと、『正議』で真の勝利と書いたことについて追記

    過去記事の整理中。
    三国志+星座の記事に次のとおり追記したことご報告です。

    蠍座さんへのフォロー(いつもごめんなさい)


    まず当ブログの
    『三国志人物の星座を考えてみた』で、曹操の項目にて書いていた蠍座の解釈にフォローを追加しておきました。

    先日の占星術館記事
    魂のホロスコープこと龍頭図は転生グループを表す
    でも、蠍座の太陽について
    「あのサイコパスのことを表している!」
    などと推測してしまったのですが、これは当然ながら上の人物を想定しての話。おそらく彼がASC蠍座であることは間違いないので。

    しかし、またしても蠍座には悪いイメージを与えてしまったこと反省しています。申し訳ないです。

    特に冒頭の記事を読み返し、言葉足らずだったなと気付いてフォローを入れておきました。

    該当箇所:
    ★フォローしておきます。正常な蠍座さんは水星座らしく、情が深く他人の心をよく把握するので「とてつもなく優しい」人が多い印象です。魚座に次いで介護職やカウンセラー、芸術家に向く星座だと思います。
    【別館】こちらが正常な蠍座の解釈
    ただ他人への愛着が強くなりすぎると、寂しさをコントロールできなくなり曹操のように裏切者へ報復しまくるタイプになるのかもしれません。この場合が“悪いタイプ”です。曹操の場合はかなり病的なので、生まれつきの人格障碍者だったと思われます。
    フォローになっているのかどうか。
    「全ての星座に良いタイプと悪いタイプがいる」が最大ポイントです。
    単独でサイコパスと呼べる星座はありませんので、「〇〇座はサイコパス」などと星座によるレッテル貼りの差別はやめましょう。

    公平となるように水瓶座の悪いタイプも上げておきました。蠍座との違いがお分かりでしょうか? このように、同じ反社会的な人格であってもベースの“個性”によって違いが出ます。
    星座には全て良いタイプと悪いタイプがあり、水瓶座の中にもきっと悪いタイプの人がいるでしょう。その場合は「冷酷で機械的」な怖いタイプになると思います。そんな人でも感情にまかせた殺戮はしないはず。そもそも肉体に関心がないため他者の苦痛にも興味がなく、残虐な拷問や無駄な殺人は「コストの浪費」としか考えないはず。

    たぶん、私のことをサイコパスだと頑なに信じている人たちはこういうイメージで見ているのでは? と思います。
    マキャベリが理想とした完璧なマキャベリストのような。

    まあ実際に仕事として、あるいは社会のためにという状況になればやむを得ず冷酷になる可能性はある…かも? 
    しかし自分の場合はたぶん本心から冷酷になるのは難しいと思います。装うことはあっても。
    残酷なことをするのは生理的に無理で耐え切れない。

    占星術で解釈するなら魚座に引っ張られてブレーキがかかります。
    だから必要なときにも攻撃しきれず、グループが乱れても“粛清”できず後輩に迷惑をかけました。もしかしたら社会的にはこの惰弱さのほうが「悪いタイプ」と呼ばれるのかもしれない。

    『正議』追記 これが本音です


    上の話にも関連して、歴史館の『正議』翻訳で書き忘れていたことを追記しました。

    以下ちょっと歴史談義になってしまうことお許しください。スピリチュアルに関わるのでここでしか書けません。

    追記部分、その前段から転載しておきます。これは私の本音です。
    反対に、三国時代当時から今に至るまで、大勢の人々に慕われ愛されてきた劉備・関羽・張飛・諸葛亮…等の蜀漢人物は、真の意味で勝利した※と言えるはずです。

    ※「真の意味で勝利」について
    2023/3/19追記です。当時の現実に関して「真実の勝利を得た」などとご都合主義なことを、私自身は考えていませんので念のため。諸葛亮は当時現実に戦争で勝利する義務がありました。それができなかった故に姜維ら後輩へ重荷を背負わせ、息子の命まで若くして散らし、…さらに後主にあのような屈辱的な言葉を使わせることになりました。その現実を考えれば、「真実の勝利」などという曖昧な言葉でごまかすことはできません。諸葛亮は義務を果たせなかった責めを負うべきなのです。ただし遠く高い視点、神々や後世の人々の視点から見れば、中華の思想文化を育てたという意味で確かに蜀は「真実の勝利」を得たと言えます。その文化は今も強靭な免疫として残り、現代ディストピアをも消滅させる力さえ持ちます。ここで表現した“勝利”とはその次元の話。つまりあくまでも、現代における結果の話です。

    左の界隈の人たちのように、現状全く勝っていないのに「勝ったもん!」と言い張る欺瞞は好きではないのです。

    当たり前ですが。
    私にはそのような大本営思考にしがみつくつもりは毛頭ありません。

    責任を果たせず後輩に苦労をかけ、若君にあのような屈辱を味わわせた責任は重いと言えるでしょう。

    ただ私が彼を責め続けるのはダメだと気付いたので、最近では責める言葉を抑えるように心がけています。
    責めることでアンチに餌をやるのは、嫌ですし。
    それに「引き寄せ」ではありませんが現実に私が彼を責めれば責めるほど悪いほうへ転がるらしく、結果的にファンの人たちを苦しめている気がします。今の貶め状況は私が願った結果なのだとしたら申し訳ないことです。

    だからたとえ大本営思考に思われても、最近は後世の評価のことを「真の勝利」と呼ぶことにしています。
    実際に社会での評価においては、圧倒的勝利を得たと言っても大げさではないでしょう。

    この点、数の操作で選挙に勝利したり、恐怖のテクノロジーで人民を監視・支配したり、メディアや警察を抑え込んでの実力行使で“勝ったふう”の状況を作り出している独裁・全体主義の左巻きとはちょうど逆転しています。
    曹魏ともちょうど同じ状態で逆転しています。左巻きたちが自身を曹魏になぞらえているのだから当然ですが、本当にそっくりですね。

    真の勝敗とは真の民意:たとえば洗脳支配のないところで語られる評判、テクノロジーによる操作・弾圧のない選挙による投票で決まる。
    そしてスピリチュアルの観点でも、オーディエンスたちの“評価”だけが基準となります。生きている人だけではなく死者オーディエンスの評価も含めての話です。

    ちなみに死者オーディエンスの評価に、地上の政治的都合などが関与することはありません
    アンチは「蜀漢正統論というイデオロギーが後世の評価を創作した、曹操様の悪事はすべて捏造」とアクロバットな主張をして現状を否定しようとしていますが、それこそ真っ赤な嘘です。自分たちのほうが共産・文革というイデオロギーのために歴史改変し捏造している。いつものことながら、自分たちがやっている罪を相手側になすりつける、という狂気カルトのすり替え手法です。

    したがって地上では負け惜しみにしか聞こえなくても、天界基準では勝利と呼ぶべきと思います。
    「真の勝利」とはこのような意味です。


    現代でも同じ法則が当てはまります。
    メディアやテクノロジーの操作で人々を支配し、恐怖で黙らせているだけの悪魔システムが真の勝利を得ることはありません。
    生きている人と死者オーディエンスを合わせた、一般の多数による本心……つまり真の民意だけが本当の勝敗を決めます。

    その天界での評判は遠い将来に必ず、地上での結果として現れます。
    『正議』で説明したのはそういうことです。

    ただ欲を言えば、現世ではなるべく短い時間で地上での結果を見たいものですね。
    世界が完全にディストピア化される前に。
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