我傍【実名版】 お知らせと裏話

    「自分を知らない者はダメ」若い頃に書いた台詞に打ちのめされた

    今回公開した話について、少しだけ裏話を書いておきます。

    丘住みって…書いていませんね!


    この回の最後の文を書いて初めて気付いたのですが、『我傍』では主人公が丘の上に住んでいたと書いていませんでしたね!
    いきなり坂道が出てくるため、おなじみの話を知らない読者様は戸惑われるかもしれない。

    不覚。
    完全に書いたつもりになっていました……。

    何故書いたつもりになってしまったかと言うと、今の自分の若い頃についてここで話したことがあったからでしょう。
    ※これは過去の事実を書いているだけのエッセイです。情緒ゼロなので要注意

    【該当記事】陽の当たる丘の家で

    ちなみに諸葛亮の記録では確か、「丘に住んでいた」とは書かれていなかったかと思います。
    丘住みという話がどこから出たのか知りませんが、フィクションとも言えないでしょう。私の感覚では正解の可能性が高い気がします。今回Googleで見てみましたが、意外と正確な地点が伝承されているようです。
    たぶん地元の人々が棲家を知っていて、そのまま伝わったのでは。

    現代は観光地になっているらしい。以前よりも流行って整備された感がありますね。
    ショート劇も披露されているとか。観光動画を見て笑いました。(蕁麻疹出そうですが…)

    【YouTube】諸葛孔明の故郷 古隆中で知恵の風を感じよう

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    まあいずれ安全な国になったら訪れてみてください。私は死ぬまで無理かな。
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    城主の台詞に打ちのめされる


    さて今回はほぼ昔のままの文を打ち直したのですが、打ちながら「若い頃の自分がこんな台詞を書いていたなんて…」と驚いていました。
    どこに驚いたのかと言うと主人公の相手方、城主の台詞です。

    (余談:ここで「城主」と呼んでいるのはおかしい気もしますが、前作の雰囲気を残すため使っています。他に呼び方のご提案があれば教えてください

    いったいどうしてこんなリアルな他人の台詞を書けたのか。
    もちろん私はここまで詳細な会話の記憶は持っていませんので、執筆当時の想像で書いていたはず。自分の中にはこんな発想がないため不思議に思います。

    他人はあれをドリーム小説(作者の願望を描くもの)だと思っているのでしょうが、自分の願望にしては痛い台詞ばかり……。

    たとえば「君には才能はある」などと、こんな台詞は自分の願望では決して書けません。
    何度も書きますがそう言われたい願望はありませんね。言われ過ぎて。笑

    それに恥ずかしいという意味の「痛い」ではなく本当に批判として突き刺さる台詞もあります。
    特にこの台詞
    「君は自分を知らなさすぎるね。“彼を知り己を知れば百戦殆うからず”と言うが、逆に言えばそれは“自分を知らない者は何をやっても駄目だ”という意味だ。君が自分のことに気付かない限り、とうてい思想家にもなれないだろう」
    に、打ちのめされていました。
    (孫子の言葉の引用や「~思想家にもなれない」は今回の付け足しです)

    思えば、今の私の人生でも何度かこのようなことを言われた気がします。

    つい最近も似たようなことを言われました。読者様に。
    全く成長がないのだなあと気付き、しばし凹みました。

    「自分を知る」とは言葉で言うのは簡単でも、実際は難しいことです。
    性格診断でタイプ分けするより遥かに難しいのは、人としての大きさや能力についての判断と思います。
    それは「自分は何を・どこまでできるのか」という可能性を認識することであり、責任を負うことでもあります。
    自分には何もできない… との口癖は、謙遜に見えて実は責任から逃げているだけとも言えるかもしれません。

    私も疲れて何もかも放り出したくなるとき、「どうせ無力な自分なんかが何やっても無意味、無駄」という言葉を胸の中でリフレインさせてしまう。
    そう考えれば逃げてもいい気がしてくる。

    でもそれは自己の能力に対する責任放棄なのでしょう。

    自信過剰で突き進む人は必ず失敗する。しかし、「才能がない」を言い訳に逃げてばかりいる人は話にならない(何者にもなれない)、と仰るのは本当に正しい。

    小説執筆当時24歳の自分が何故あのセリフを書いたのかは不明ですが、時を超えて彼に叱責されたようにも感じました。
    今回打ち直して良かったなと思います。
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