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涙もろいにも程がある? 思い出や個性を「囚われ」と呼んで見下す人々

昨日、いつもの通り相方が見ていたドラマ『お迎えデス。』を他の作業をしながら眺めていました。
子供向けの内容だなと思いながら眺めていたのですが、死んだ父親役の伊東四朗の演技があまりにもうまく、娘への愛情が切々と伝わってきて不覚にも泣いてしまいました。笑

調べたら、少女マンガなんですね。
 『お迎えです。』田中メカ

『花とゆめ』に泣くかあ……ううむ。
涙もろいことに自覚はありますが、我ながらここまでとは思わなかった。


しかしジャンルは何であろうと、愛の物語はいいですね。

親子の愛。
夫婦の愛。
友人の愛。

「愛し、愛され」。
こういう物語を見かけると、人間は素敵だなと思います。
地上も捨てたものではないと思う。


私が前世の物語などを描いていますと、信じない人から批判されるのは当然ですが、信じている人からも
「過去に囚われているあなたは、みっともない」
というベタな批判が来ます。
小説を読んで「感動した!」と熱い感想を送って来た人でさえ、しばらく経つと物語を完全に忘れ、批判を始めるんですね。

まあ私がいつまでも「過去語り」をしているように見えるから苛々されるのでしょう。
(記憶があり、その記憶を刺激される現状にあるから今の気持ちを語っているだけなのだが、それが「囚われている」ように見えてしまう)

何度、「過去に囚われているのとは違う」と説明しても全く聞く耳を持っていただけない。

現世と前世の記憶は、期間が違うだけで完全に同じなのですが、何故か前世だけは「囚われている」呼ばわりされ差別される。
記憶があるからといって囚われていることにはならない(むしろ記憶を顕在化したほうが囚われない)、ということは現世の経験から自分もよく知っていることなのに、どうして前世記憶だけは差別するのか。
これは仕方のないことなのでしょう。
人間は、差別したがる生き物です。
自分とは少し違う経験をした人を「別物」「異質」として疎外します。
ただ誰かを差別して批判することで満足を得たいだけなら、それは理屈抜きの欲望に過ぎませんから何を言っても無駄と思います。※

でも、やめていただきたいのは、私を嫌うついでに
「個性」や「地上」、「記憶」
を否定することです。

個性を失い、地上を棄てたいと願い、たとえば自殺してしまうことなどは
「高尚で素晴らしい行為」
ではありません。

現世・前世に関わらず、誰もが記憶を持って生きています。
犬や猫にも記憶があります。
それを「囚われ」と呼び、完全に棄てたいと願うことは違います。

確かに記憶の中には、嫌なものもあるでしょう。
嫌な記憶のほうが多いかもしれない。
でも記憶の中には「愛し、愛された記憶」もあるのではないでしょうか?

誰もが「愛し、愛された」経験を持つはずと思います。
自分は愛されたことなど一度も無い、と主張する人も、思い出せないだけで必ずどこかでその経験をして記憶の底に閉じ込めているはずです。

「愛し、愛された記憶」があるのだから、生きることを完全否定などできないでしょう。
くだらない地上も生きる価値があると思えます。


もしここまで言ってもまだ「記憶」の全てが「囚われ」と呼ばれるなら、私は囚われていたほうがいいよと思います。
囚われ上等! です。
上のドラマで描かれたような人間の愛情を、完全否定してしまうことは私にはできません。


※批判している人の全てが差別心を持っているということではありません。
中にはもともと「消えてなくなりたい」という感情がある方がいます。そういう人は「地上が嫌」で「個性が嫌」なので、死後も個性が続くと想像しただけで不快を覚えるはず。その感情から無意識に反発している人もいると思います。
私も世間の悪意ある人々を見ると「腐った地上」と思ってしまうし、「早くこの地上を去りたい」と強く思います(たびたびそんなことを書いてきました。これからも思うでしょう)。
でも、地上の全否定まではいかないんですよ。過去も未来も含めて永久に消滅してしまえ!、と呪いの言葉を叫ぶ気にはならない。
私にはどこか地上への肯定感があります。
それはこの地上で愛し、愛された記憶があるからなのだろうなと思います。
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