癌の死に方~様々な死の間際

ここ数日こんなサイトを眺めていました。
ガンの死に方

身近な人に続いて私の親族が癌となり、「手のほどこしようがない」と宣告されてしまい、なるべく苦痛の少ない過ごさせ方はないものかと思案しているため。

上のサイトを読むと癌を宣告されたばかりの人・家族は恐怖が増してしまうかもしれませんね。
「何も救う方法はない」という絶望を知るばかりで、かえって辛くなる。
でも先が一切見えずイメージだけで恐怖を膨らませるよりは、最期までの道を照らしてもらえたほうが有り難いと私は思います。

癌の死に際

上のサイトで私が意外だったのは、脳の機能が癌そのものによって低下していくということ。
痛み止め(モルヒネ)のせいで幻覚を見るとイメージしていたのだが、決してそれだけではないらしい。認知症でもない。
⇒余命と頭の状態
このことを理解して、患者が辻褄の合わないことを言っても怒ったり説得したりしないように気を付けたいと思います。
ただ、そうは言っても一緒にいれば冷静を保つのは難しいから、距離を取る(緩和ケアに任せるなどで)ことも必要なのだなと思いました。周りが先に倒れたりしないように。
全身全霊を患者に注いでもお互いが苦しむだけなのだな。

最期はほとんど眠っているような状態であるらしい。
以下⇒終末期と頭の状態より引用

死ぬ間際に、「怖いですか」
という質問はしたことがないが、
本当に死ぬ間際に
「まだ死にたくない、悲しい。怖い。怖い。」
と訴える患者は聞いたことがない

とのこと。これを読み、少し救われる想いです。

つまり死ぬ間際に深い悲しみを
感じるのは周りの家族であり、
本人ではないと言うことです

仰る通り。本当に、最も辛いのは周りで見ている家族ですね。
痛いのではないか、苦しいのではないか、怖いのではないか? と想像するのが辛い。
専門家から「そうではない」と言ってもらえると有り難いです。

上のサイト主さんは医師なのか看護師なのか、書いていないので分かりませんが、臨床経験のある専門家であるらしい。(推測)
氏名まで名乗る必要はないが、せめて何者なのか書いておいて欲しいな。
(必要もないのに「特商法上の表記」や「プライバシーポリシー」を掲げている※のを見ると、法律に明るい人ではないようです。やはり医療関係者と推測するのが妥当かな。私の祖父もそうだったみたいですが、医療関係者は法律に疎い人が多いのです)

★上のサイトで相続に関するアドバイスもあるが… 相続や葬儀費用に関しては、法律の専門家に相談しましょう! 半端な遺言書やエンディングノートが争いを招くことも非常に多いです。検索知識の自己流より直接相談で。
お奨め相談先: 「法テラス」または相続専門の「○○書士」
お奨めしない相談先: 銀行では不十分、税理士も法律の専門家ではない。「ガンのカウンセラー」などの法律素人に相談するのは論外(終末医療に関することを除く)。

臨死体験者などが語ること

上の説明はあくまでも臓器が突然に機能停止しなかった場合の「ガンの死に方」で、全ての癌患者がボンヤリした状態で逝けるということではないと思います。
まして癌以外の、全ての死が穏やかに訪れるとは言えません。

他の病気や事故の場合、痛みと恐怖で壮絶に苦しみながら死ぬこともあるでしょう。

ただ臨死体験や死後の記憶がある人の話を聴くと、どのような死であっても最期の瞬間の痛みなどは覚えていないことのほうが多いようです。
緩慢な死の場合はもちろんその直前まで苦しんだという記憶が残りますが、死の間際に関しては
「意識がなくなり、いつの間にか体から抜け出していて自分の体を見下ろしていた」
と語る人が多いですね。

ニュートン氏の本によれば、魂は予定していた死の直前に体から抜け出すそうです。
たとえば、交通事故の瞬間、苦しみを感じる前に抜け出るとか。
それを知ると死の恐怖も少しは和らぐのではないでしょうか。

私が話を伺った中ではお一人だけ、前世に銃で殺された方で死の瞬間の痛みを覚えている方がいらっしゃいました。
もしかしたら銃弾はスピードが速過ぎて、魂が抜け出るのが間に合わないのかもしれません。
だから海外には「銃で自殺するのが一番ラクだ」と言って自分で頭を撃ち抜く人がいますが、実は痛みの記憶を持ち越す死に方となる可能性があります。(何にしても、自殺は予定にない死なので苦しい記憶を持ち越すかもしれない)

私自身は、過去生で死の苦しみを覚えている人生は一切ないです。
急に訪れた死として記憶しているのは、道を歩いている時に大きな岩が落ちて来て潰されたというものですが(些末な人生記憶のうちの一つ)、痛みの記憶は残っていません。
衝撃が強いから思い出さないようにしているだけだろうと考えていましたが、他の体験者たちの話に照らせば、岩が落ちて来た瞬間に魂が体から抜け出ていたのだと推測されます。

一つ前の前世の死は他の過去生に比べると、最もリアルに覚えています。
徐々に体が弱り、床に臥せ、うとうと眠っているうちに死んでいた。
それこそ上のサイトで書かれている通り、「いつの間にか自然に訪れる死」でした。一般に「眠るような死」と言われる、理想的な死だったと言えるでしょうか。
このため私が前世の死を思い出して恐怖を覚えることはありません。
ただし、死に繋がるような行動に関しては未だに恐怖が湧きます。たとえば、

  • 睡眠不足の恐怖(一晩でも寝ないと恐怖を覚える)
  • 一つの仕事に集中し過ぎることの恐怖
    などです。あとは、
  • 呼吸がうまく出来ないことの恐怖

もあります。
これらの恐怖の感覚から、私の前世の直接的な死因は現代の医療に照らせば「肺炎」だったのではないかと推測しています。直前まで意識混濁することはなかったため「肺癌」ではないでしょう。しばらく熱もあったように記憶していますし。あれだけの睡眠不足と栄養不足があれば五十代であっても免疫力が低下し、肺炎で死亡することは当然だったと言えます。

この通り、どうやら死そのものに恐怖はないとしても、死に繋がる行動については恐怖の記憶として持ち越すことになるようです。
これは生物として、過去と同じ轍を踏まないように避ける生存本能だと思います。
従って人間など生物に生まれ変わった時だけにダウンロードされる記憶でしょう。(生物でなければ「生存本能」は必要ない)

死は過剰に恐れる必要はない。
だけど死に繋がる行動に関して恐怖を覚えることは、皆同じ。
自然なことです。
あまりにも死の恐怖に囚われ過ぎて日常生活に支障をきたしているなら問題で、そのような人は心理的な治療が必要ですが、ある程度の恐怖なら自然な感情として受け入れたいものです。
現世で無理に「悟りをひらく」修行をして、達観(≒無感覚)など手に入れる必要まではないということです。

【追記】 ヘミシンクなどの幽体離脱CDも必要ありません。ヘミシンクで幽体離脱の「練習」をしておけば、自殺してもすんなり「あの世」に入ることが出来て苦しみはない、と主張している人々がいます。
そんなことは全くないし、死ぬためにCDを買いセミナーへ通って「練習」する必要はありません。まして自殺するために「CDを聴いて練習」するなどあってはならないことです。
そもそも私はこのCDを現実に幽体離脱が可能なものとは思っていないです。愛好家を批判するつもりはないのですが、あくまでも現実の体験かどうかと考えると、ほとんどの体験者の話は疑わしい。何故なら、彼らの普段の思考が実際のスピリチュアル体験者からかけ離れているので。(ヘミシンク愛好家の話ぶりは、マリファナで幻視体験をしたのち仏教にかぶれた60年代のニューエイジたち、に近い印象です)
だからこのようなツールに過大に期待し、依存し過ぎないよう。
病床で心穏やかな状態に導いてくれるヒーリングミュージックを聴くことは大変良いと思いますが、セミナーなどに高額なお金をかけることは無意味です。

おまけの話(当ブログ筆者、専門分野の話です)

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「SEOに有利だから特商法上表記を掲げる」、というアクセス稼ぎの裏技で掲示しているブロガーもいるみたいですが、商品等を販売する主体者ではないなら混乱を招くのでやめたほうが良いと思います。広告を貼りつけているだけの商品について、販売しているという誤解を与えて責任追及されかねません。