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戦争と平和

 大きい小さいで人の悩みは差別されるものではない。

 たとえば戦いの世に生まれようと、平和の世に生まれようと、悩みを持つ人の苦しみは等しいと私は感じる。
 本質として人に与えられた居場所は一つ。
 どんな場所に生まれようと一個の人間にとって世界は一つ、悩んでいる間の人にとってはその世界が全て。

 私は戦時の物語を書いていていつも疑問を覚える、
「果たして、戦いの時代に生まれたからといって即ち不幸なのか?」
「平和な時代に生まれたからといって即、幸福か?」

 もしかしたら戦争中よりも、現代日本の子供のほうが遥かに不幸な場合もあるかもしれない。
 愛もなく夢もなく、家族はいても心は一人で生きている子供たち。
 食べ物は与えられ着る物にも困らず暖かい場所にいつもいて、それでも死を選ぼうとするのは何故なのか?

 ――それは、本当に“甘え”なのですか。
 もしかしたら、欠乏よりも悲惨な絶望があるのではないですか。


 以前、現代日本の高校生を主人公にした小説を書いた時、泣いてくれた少女がいた。
 豊かで満たされている生活でありながら、孤独を味わっている主人公を「自分と同じ」と呼んでくれた。
 (その物語では主人公は前向きに生きるので、最後まで寄り添えなかったのだけど)

 こんなことが、
 現実にある。

 たった今この時も、現在進行形である。

 子を持つ親なら、同じ人間なら……
 平和下での絶望を甘えと切捨てないで欲しい。
 子供の苦しみをちっぽけと笑う親たちが常に子供を踏みにじり続ける。

【2008-03-29筆】
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