本好きの多さに、ちょっと孤独が癒される

先日ネタ引用のためだけにツイッターを始めたのですが、ツイッターでは本好き(読書好き)さんが多くて癒されています。
今まで毛嫌いしていたツイッター、意外にちょっと楽しくなってきたかも。

ツイッターは今登録者数が多いから、少々マニアックな話題でも届きやすい、という利点がありますよね。
最近、ブログで本レビューを書いたところで需要がなく、「どうせ誰にも届かないから読書館やめるか」と思っていたところです。
正直長いレビューを書くのも億劫になってきました。
かと言って本棚公開サイトで本棚を持つのも違うなと思いつつある。
オードリー若林と同じく、読んだ本を何でも公開する気にならないからです。読んだけどお奨めする価値はないなと思う本もありますし、若林が言うように情報として「両極」な本を読んでいるだけでも何か誤解されるしね。
純文学多めにすれば妙なコンプレックスをぶつけてくる人がいるし。(「私は純文なんか読んだことない!」とメールで寄越す。知らないよそんなの。あなたが好きなの読めばいいじゃないですか)
必然、「本棚」には登録本が少なくなってしまうのですが、すると今度は「これしか読んでいないのか」と言われる。
どうも本棚には面倒な人が絡んで来やすいみたいです。

参考。
このブログで触れている話 ⇒オードリー若林、『アメトーーク』読書芸人の回で書棚を映したくない理由「『これ、TVで大丈夫?』って題名の本も…」

若林正恭:本棚映されるの、「何をもって映さなきゃいけないんだ」みたいな(笑)
春日俊彰:本当に、趣味嗜好が全部出るよね、それはね、本棚でね。
春日俊彰:ああ、恥ずかしいね(笑)
……
若林正恭:なんとなく言うと、政治っぽいヤツね。
春日俊彰:なるほどね。
若林正恭:雑食だからさ。
春日俊彰:うん。
若林正恭:「これ、テレビで大丈夫なのかな?」みたいなのも中には本棚に入ってますから。
春日俊彰:そうだね。もしかしたら、強烈な主義を持っているかもしれないから(笑)
若林正恭:はっはっはっ(笑)そういうのがイヤなのよ。
春日俊彰:思われたらね。そうじゃないけど。
若林正恭:そういうのがイヤなの。そうじゃないでしょ、俺は。
春日俊彰:勘ぐられたりしたら、「もしかして…」みたいな。
若林正恭:うん。両極端、読むの。
春日俊彰:情報としてでしょ?
若林正恭:うん。
春日俊彰:それはあるよね。本だからね。

ああ、そう、そういうことなんだよ。分かるなあ。
私もブクログやっているときにほとんどの本を登録できないことに気付き愕然とした。そんなに極端な本ばかり読んでいるつもりはなかったのだが、いざ登録しようとすると「これは勘違いされるかな」というものが多い。

それにしても「読書芸人」の中で若林だけは真性の本好きという気がする。
他の人が偽物という意味ではないのだが、何か一番本気が伝わるのが若林。
読書の冊数を競っていないのも「本当に読書好きなんだな」と感じる。