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胸にある思い出の熱 (『バケモノの子』など感想)

年末年始と息つく暇もなく過ごしてきたのですが、今日はようやく得られた休日でした。
家族が録りためた映画を一緒にぼんやり眺めて過ごしました。

その中で、『予告犯』が意外に良かった。
『バケモノの子』も、あまり期待していなかったのですがかなり良かったです。

どちらも男の子向けですかね。
青臭い絆の物語。

疲れているせいか、不覚にも涙を流してしまいました。

『バケモノの子』紹介はこちら


行き場を失った少年と、少年を拾った粗暴なダメ男。
喧嘩し合いながら深めていく「師弟」または「親子」の絆の物語。
化け物が登場するファンタジーではありますが、これは人間界の設定でも昔からよくあるパターンの王道ストーリーです。

完全なる男の子向けだと思います。
それに少々、「昭和」臭が強過ぎる。
古典的な日本のマンガでよくある設定、どこかで見たようなベタ過ぎる展開。
また多くの人が指摘するように構成の詰めが甘く、意味不明で筋の通らない設定が多くて「気になって話が入って来ない」のは事実。
細かいところの突っ込み、同意。
映画ではなくてもう少し長い連作アニメなどにして、異世界と行き来するルールや細かいところを詰めるべきだったよね。

でも私には細かいところはどうでも良く、ただベタなところが響いた。

たとえば熊徹が、九太の胸に存在する剣として生まれ変わった場面。
九太が、「自分も一郎彦のようになっていたかもしれない。違いは、たくさんの人に優しく育てられたこと」と悟る場面。

偶然にも私と同じだな、と思ってつい涙してしまったものです。


いい大人が青少年向けのアニメに泣くなんて恥ずかしいですが。
しかし、こういう話は辛いことが多い大人ほど響くものかもしれません。

たとえば……
私は今、大好きな人を失おうとしています。
孤独だった私に初めて家族の愛を教えてくれた、感謝してもしきれない人です。
実の親以上に親として慕っているし、人間としての目標でもありました。

四十歳も年が離れているので、必ずお別れの日が来ることは分かっていました。
ずっと覚悟していたつもりです。
でも、実際にあと数か月という時間を突きつけられると辛い。
別れが避けられない肉体の世界を恨んでしまう。

でも上の映画の通り、愛をくれた人の思い出は「最も強い剣」として胸の内に宿るのですね。

私の前世の「王」も決して消えない思い出の剣ですし、前々世の「先生」もそう。

今世で優しさをくれた人たちも間もなく、私の「胸の内の最強の剣」となるでしょう。

こう考えてくると、愛された思い出がある者はなんと幸せなのだろうと思います。
現実には愛の思い出が一切ない人も存在するわけです。実際には愛されたはずなのだけど愛に気付くことなく過ごしている。
そういう人は、上の映画で「一郎彦」に象徴される、闇に引きずり込まれる者となる。そして現実ではアニメのように簡単に救われることはありません。きっと何千年、何万年にもわたり闇の世界を彷徨うことになるのだろう。
彼らを救おうなどと思うのもおこがましいことです。本人が自分で気付くしかないのだから。

愛したり愛された記憶がある人は、その絆が含む熱を決して手放さないようにしてください。
具体的なことは忘れてしまったとしても、思い出は胸の内で生きていきます。
自分の肉体が滅んでも永遠に。
魂に刻まれた思い出は肉体と違って滅びないからこそ「最強」なのです。
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