清水富美加の出家報道に想う、「信教の自由」を奪う親による人権蹂躙

吉野 圭

清水富美加の出家報道について、世間話。

始め「出家する」と聞いて瀬戸内寂聴みたいな尼さんになるのかと思い、それはそれで面白いなと思ったのだが、どうやら某新興宗教団体の広告塔になるらしい。非常に残念に思った。もう彼女の姿をテレビで観ることはないだろう。久々に面白くて可愛い女優さんが出て来て、楽しみにしていたのに残念だな。

最近ネットでは事務所のブラックな労働環境のほうが話題となっていて論点が曖昧になってきた。
のんさんの前例を挙げ、「あんな恐ろしいブラック事務所なら宗教団体の助けを借りてやめるしかなかったんだろ」と同情する声も多い。
しかし、それとこれとは話が別では。ブラック事務所と宗教の問題は分けて語るべきだと思う。

富美加さんも、芸能活動が嫌になったのなら普通の手続きでやめるべきだったのでは。
やめさせてもらえなくて困っていたなら、助けてくれるのは宗教ではなくて弁護士ですよ。(教団の弁護士ではなくてね。普通の弁護士)

その後に新たな報道があり、父親の借金を団体に肩代わりしてもらったから身売りとして広告塔になるしかなかった、等の憶測も出ているがどうなのだろうな。だとしたら人生全て親の犠牲。気の毒過ぎる。

真相は知る由もないし、さほど関心もないが、富美加さんの直筆メッセージに想うところがあった。

http://www.oricon.co.jp/news/2085868/full/ より引用
~宗教が、出家というものが何なのか。「出家したい」と言ったら、マネージャーさんにも、「意味が分からない。やめてくれ。」と言われました。無宗教の方が多い現代では、誰もがするであろう反応ということも分かっております。

それでも、神とか仏とか、あの世とか、確かめようのないもの、この目で見たこともないものを、私は信じ、神のために生きたいと思いました。出家を決意してからは、安定した生活が送れるようになっております。

これを読んだ私の率直な感想を言えば、「愚かだな……」と思った。

私は信仰の自由を否定するつもりは毛頭ない。信仰は自由で結構だと思う。
「信仰」は、ね。

(ところで宗教団体の会員は必ず、「日本人は無宗教」と蔑んだ意味で言う。それは間違っている。確かにたいていの日本人は宗教団体の会員ではないけど、「無宗教」ではないよ。多くの日本人が漠然とながら霊魂の存在や生まれ変わりを信じている。そのため、「見えない存在」を畏れて気遣う微妙な感性を持つ。このような人たちは言わば、本物の信仰を持っていると言える)

世界人類が物欲ばかり貪るこの現代において、見えないものを見ようとする心がけは素晴らしい。人間は本来そうあるべき。
だけど、「神とか仏とか、あの世とか、確かめようのないもの、この目で見たこともないものを、私は信じ…」と言うなら、自分自身の本能で感じ取ったものを信仰すべきでしょう?
何故に、「目に見える」教団の言葉だけ鵜呑みにするのだろう。
どうして自分の感性を研ぎ澄まし、自分の頭をはたらかせ、自分自身で「見えないもの」を感じ取ろうとする努力を放棄するのか?
仰ることとやっていることが完全に矛盾している。

富美加さんは本当の自分の守護霊に耳を傾けたの? 耳を傾けるという努力をしたの?
そうではなく、ただ無考えに教団が語る「守護霊の言葉」を鵜呑みにしただけでは。
微塵も「目に見えない」力を信じていない。信じようとする姿勢がない。
その点を、私は「愚かだな……」と思った。


余談ながら、スピリチュアルにはまって霊能者やセミナー団体の言うなりになっている人も同様。
「スピリチュアルを信じると決めたら、スピっぽい話は何でも鵜呑みにする」
という姿勢は、
「霊魂だのなんだの、見えない・触れられないものの一切を完全否定する」
という唯物宗教に入信しているカルト信者と完全に同種。
どちらも同じ思考停止の人種なのだと自覚してください。
玉石混交のこの世の中、少しは自分の頭で考え、自分の感性で感じ取ろうとする努力をしなければ人生も命も奪われますよ。


富美加さんの場合、両親が宗教団体の信者であったことは不幸だ。
生まれた時からの洗脳は強大な力を持つのだろう。
「親に逆らったら生存できない」のだから、本能が親に従うことを選択する。
だからこそなお不幸と言える。
異教徒を「悪魔」と教え込まれ殺戮マシーンとして育つキ教右派の子や、極右のイ教で自爆テロを強要される子と同じく不幸だ。
この生まれながらの不幸な境遇に「抵抗せよ」と言うのは酷過ぎるのかもしれない。

こちらを読んで戦慄を覚えた。
 ⇒『カルトの子』 カルト宗教信者の子が抱える問題

体罰容認の教義。(おそらく、「異教徒」なら殺人も容認・推奨)
高熱でも休むことは許されず、布教活動に駆り出される。
自我の芽生え始めた子供が教団の活動を断ると、親から壮絶な虐待を受ける。
レイプと暴力は日常的な行為として受けねばならない。
たとえ生命の危機に陥っても、まともな医療も受けられず死んでも一顧だにされない。
大人になって洗脳から脱することができたとしても社会復帰できず、精神を病み、自殺する人もいる。
自殺せずとも親から受けた虐待の傷は癒えず、自分の子へ虐待を繰り返す。虐待の連鎖が延々と続く。

……涙が出て来る。
重大な人権侵害、などと言う言葉では表現しきれない地獄。

これでもまだ、日本国は「信教の自由」などと絵空事を言って憲法で全ての宗教法人を認め優遇するのだろうか?
何人も自分の意思に反する信仰を強要されない、のが憲法の掲げる基本的人権であるはず。
それなのに子供が信仰を強要され、自由意思を奪われ、人生を奪われて蹂躙されることは手放しで許されている。

悪い人々だけを優遇する法律だね。
自由・自由と題目を唱えるうちに犯罪を擁護し、人権蹂躙も自由ということになり、今の腐った世の中になってしまった。

やはりこの、行き過ぎた宗教の自由を法改正で何とかすべきではないだろうか。


追記 ⇒某宗教団体の「提言」はあり得ないと断言します。が霊界にいるなら、あのような提言はしません。

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