我傍的、ここだけの話

吉野圭のプライベートブログです。自作品『我傍に立つ』裏話と世間雑記、占星術メモ
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雨・・・・・站在傍辺

 ここ数日はテレビ好きの相方が留守であるため、テレビを消して過ごしています。
 女も男もえげつなくて、テレビを観ているとますます人間が嫌いになってくるから、精神衛生にはとても良い。

 代わりにYouTubeで外国の景色などを眺めていました。

 特に気に入りは桂林の景色で、人間がまったく映らずBGMのみ、の観光案内のような映像を見たりしています。
 (…もはやお爺さんの生活です、笑。自分がもし結婚もせず一人だったらこんなふうに老後の生活みたいな暮らしをしていたんだろうと思った)

 そんななかで一つだけ人間が映っていても良いと思える映像がありました。
 湖の上でダンサーが躍る、美しく幻想的なショー。
 『印象西湖』。

 
 
 ご存知でしたでしょうか?
 こんな大規模なショーが、中国・杭州西湖にて毎日演じられているそうです。

 不覚にも私は知らず、ただ何気にクリックして眺めていただけですが、詩情あふれる芸術性の高さに深く感動しました。

 視覚的な仕掛け技術も素晴らしい。
 まず、水面で踊っているかのような神秘的な仕掛けがダイレクトに詩情を演出します。

 ストーリーはどこか七夕を思わせる(?)、切ない男女の恋愛物。

※二回目に見たところ色々勘違いしていたと分かり、修正します。

 「我站在湖辺」、私は湖に立つ。

 ある悲劇的なことがあり引き裂かれた愛。
 愛しい彼女は私のもとを去った。
 しかし、私はこの湖に立ち続ける。
 いつしか時は流れ……

 (正確には分かりませんがこんな感じのストーリー。千年を超える永遠の愛か)


 センチメンタル極まるという感じですね。
 こういう、これでもかと言うくらい分かりやすく詩情を煽って来る芸術は、現代では下等なものだと軽蔑されがちです。
 決してお洒落ではありませんので、「生理的に受け付けない」と言う女子も多そうです。
 
 しかし古代の詩情を忠実に抽出するには、このような手法しかなかったのではないでしょうか?
 古代に存在した詩情というものは、確かにこの通り分かりやすいものであったはずだからです。

 たとえば離れ行く女性の姿が、船上の影だけで表されているところなど実に古代的で、素晴らしい。

 遠い昔に消え去った東洋世界が復活したようで、心から感動を覚えます。



 それで、最近の中国人は下品で道義心も礼儀も一切ないため、私は嫌悪していました。
 古代の人たちが書いた詩や風景画にあった詩情は、どうやらあの国から完全に消え去ったようなので、「今の中国人は別人種」と感じています。
 ある思想主義の教育が、一国の文化を崩壊させ人間を完全に入れ替わらせるに成功したという実験結果を見てしまった思いです。

 でも、『印象西湖』を見て
「今でもこんな詩情を理解する中国人が存在したんだなぁ」
「外国人の知らないところで頑張っている人もいるんだなぁ」

 と、嬉しく思いました。
 これが現代中国人の本当の姿なら理解し合えるのではないかという希望的観測もあり。

 ところが最後によく見たら、「張芸謀」の字。

 なんだ、チャン・イーモウ監督の制作ですか!

 『HERO』を手掛けた監督です。北京オリンピックではCGを用いてヒンシュクを買ったものの、映像演出では最高峰。
 特に、東洋的詩情を表現するセンスではこの人に適う者はいないと思います。

 しかし、他に全くいないのだとしたらがっかりですね。

 チャン・イーモウにしても、日本人の感性の助けを得てあの『HERO』の完璧な東洋詩情に到達しました。

 ※風に舞う布といい、色といい、東洋的感性を最も象徴していると言える演出ポイントは日本人ワダエミによる


 思うに、現存する“東洋的感性”はここ日本にしかないのでは、と感じます。
 
 その意味で『印象西湖』、日本人にこそ馴染みやすいのでは。
 中国旅行を考えている方がいればお薦めです。

 (最近は中国旅行も控えなければならない残念な雰囲気になってしまいましたが。いつか私も現実に行って見てみたいと夢だけは抱いておきます)
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Author : 吉野 圭

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