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毎回、家族とともに興味深く観ていた『しくじり先生』が終わってしまうらしい。

「たかがタレントの身の上話。国家に関わった人でもないのに話を聞いて何の意味があるの?」
とバカにする人も結構多いだろう。歴史好きの人など、平気でこういうことを言うから苦手。
(歴史好きの人たちは国家に関わった人だけを人間だと思っている)

でも、現代のタレントだろうと近所のおじさんおばさんだろうと、本人の言葉には深い意義があり学ぶべきところが山ほどある。

もう一つ私の好きな番組にテレビ東京『家、ついて行ってイイですか?』があり、あれなどはテレビタレントですらない一般の人たちの身の上話なのだが、誰の話にも想像以上の深い物語があって感銘を受ける。
どれほど無名でも収入が低い人でも、学ぶところのなかった人の話など皆無だ。
それくらい本人の話は貴重で、深い深い価値がある。

比べて、歴史人物のストーリーは、歴史家による浅い妄想でしかないので全く役に立たない。史実だけを淡々と記録したものなら役に立つのだが。
例を出して申し訳ないけど、⇒こちらなど本当に残念だったな。まるで小学生の空想話を聞いているかのよう。

基本的に、偶像化されたヒーロー像を鵜呑みにしてしまう人は、子供っぽく未熟なのかもしれない。
彼らお子様が、いくら「自分は新しい視点を持っている!」と主張したとしても単純に反転しただけだったりして興ざめする。
苦しい現実を生きている大人たちが甘いお子様の空想話を聞いて、いったい何の役に立つだろう?

役に立つのはリアルな人生ストーリーのみ
つまり本人が語る言葉か、淡々とした記録のどちらかだけ。
(例外は作者本人の心を渾身のエネルギーを込めて描き切った創作。作者の魂を写し取った創作物は、リアルな人生ストーリーに等しい価値がある)

無名も有名も、成した仕事も、収入の高低も一切関係ない
『しくじり先生』はテレビ的に話のできる有名人ばかりだったが、それでも毎回感動があって学ばせてもらったな。
感謝。

でも、次第に出演してくれるタレント・有名人が減ってきたのだろう。
出演条件として、まず大々的に「しくじっている」人でなければならない。
さらに、「しくじり」という恥を赤裸々に語ることのできる人でなければならない。
そしてそのうえ、現在進行形で「しくじっている」人は駄目。しくじった後に浮上して、テレビに出られるようになった人でなければならない。
当然ながら刑法的に引っかかる人も駄目。たとえば、麻薬や犯罪に関わった人は除外される。……
と、条件が山積みなのだから、必然的に出演者が限られてくるだろう。
むしろよく三年も続いたな、と感心してしまう。
スタッフの血がにじむほどの努力が目に見える、久しぶりの良質な番組だった。

まあまた出演者が見つかればスペシャルなどやるのだろう。期待して待ちたい。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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