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キュレーションサイト『はじめての三国志』の記事へコメントさせていただきます。

『孔明の最期の晩餐』について書かれた記事


まずはこちらの記事から。

『孔明の最期の晩餐は一体何を食べていたの?』
https://hajimete-sangokushi.com/2016/11/18/孔明の最期の晩餐は一体何を食べていたの?

そうだな考えたことはないけど、言われてみれば食べ物は大事だな。

私も食べ物にはあまり興味がない。
女子たちがSNSで「今日は〇〇食べました!」等と食卓の画像をあげているのを眺め、何故そんな画像を喜々として上げるんだろうか? と常々不思議に思っていた。
自分の食事についてもブログ等で触れたことがない気がする。

>兵士が御飯を食べていないわけはないんですが、ありふれた戦場の食事風景を、記録に残そうという考えは誰にも浮かばなかったのでしょう。

そう、上の記事ライターさんが仰る通りだと思う。
兵糧として何をどこからどれだけ用意するかという作戦項目は大事でも、実際に何を食べたかには関心が向けられない。

だけど後世から見ればそういう生活の細かいことが大事な情報となるのだから、いつの時代でも食事について書いておくべきなんだなと思った。
(現代は女子たちが日々の食べ物を記録し続けているから、後世の歴史学者は大助かりだろう)

本題。諸葛亮の最期の晩餐について。
晋書 高祖宣帝懿紀において、司馬懿が蜀の使者に尋ねます。
「諸葛孔明殿はどのようにお暮らしか。どのくらい食事を摂っておられるか」
それに使者は「三、四升です」と答えています。

実際は後漢時代の一升が200mlらしいので、それで換算すると、
当時の三~四升は600mlから800ml、炊いた米にすると
最大で計算して680グラムです。
お茶碗一杯のご飯が140グラムなので、凡そ五杯分、
カロリーベースだと1175キロカロリーにしかなりません。
成人男性は、一日通常、2000キロカロリーを消費しますから
デスクワークとは言え、孔明はこのままでは痩せ続ける公算です。

1175キロカロリー。
なるほど、過労死の前に餓死に近い。免疫が下がるねこれでは。

……他人事として言っている私(吉野)も実は、相当ヤバイかもしれない。
相方がいるおかげで必要カロリーをクリアしているが、留守の日は平気で一日食べなかったりして怒られる。
数字の威力は凄いなと改めて思う。上のカロリー計算を見て、かなり血の気が引き反省した。(遅い)


三国時代の食事は「中華」より、「和食」に近い


ところで上記事によれば当時の一般的な食事は
 主食: 「米飯」または「麦飯」(蒸したもの)
 副菜: ネギやニラ、カブや青菜などの塩漬け
 調味料: ジャン(味噌や醤油の原型、発酵食)
 肉類: 牛豚羊の炙り肉、魚
とのこと。

ここブログ等でも何度も書いてきたように、私の情報(イメージ)でもその通り。
意外に思われるだろうが漢代末期(~三国時代)の食事は、現在の日本食からそれほど遠くない。
少なくとも、我々が「中華料理」としてイメージする料理より遥かに「和食」のほうが近い。

全体に素材を生かしたシンプルな味付けの料理としてイメージすれば正しい。これって和食でしょう?

繰り返しになるが、当時は発酵食がメインだったため味も和食に近かったはず。
今の中国人と違って、魚の刺身も食べていた。まるで日本人。
上のライター別のライターの記事だったかな、「米などの食べ方は我々が思っているのと違う」と書かれているけど、蒸すか炊くかの違いなので食感は近いものになると思う。
(パエリアやピラフ、チャーハンよりは近い。ただし白米ではないだろう)

これらの料理を裏付ける物として漢代末期の鍋類が出土しているのだが、それは高温に耐えられる鍋ではなく、蒸すか煮るかしかできなかった。だからほとんど油を使わずに調理していたことになる。
現在の中華料理とは明らかに違う。

今の「中華料理」は当時の漢人から見て「異民族」と呼ばれた人々、特に西方の人々が持ち込んだ調理法だと思う。
異民族の文化と漢民族の文化とが混ざり始めるのが三国時代終了以降。
つまり、諸葛亮を始めとする三国時代の戦略家たちが異民族を引き入れたことによって、我々のイメージする「中華文化」が作られていくことになるわけだが……。

余談が過ぎた。

まとめ。
上記の事を加味して考える孔明さんの最期の晩餐は、、
・麦飯、一杯+付け合わせの塩葱、
・豆粥、一杯
・韮や葵、筍の漬物
・酢を抜いた菁の羹(あつもの:スープ)

ま、貧しい、、、でも、一日の食事が三~四升なら、
これくらいの食事でも充分、お腹一杯になりますね。
正解かどうか分からないけど、たぶんそんなものではないかと思う。
文字通りの「最期」に近付くと、これすら食べられなかったはずだが。

しかし本当に貧しい食事だな!
人が
「大成功して出世し、有名になりたい」
と願うのはほぼ「毎日ラクして美味しいものが食べたい」という欲求が第一にあるからなのでは?
だから、ほとんどの人が諸葛亮の食事を見て「こんな人生は送りたくない」と思うのではないだろうか。本人は、別にそれで構わないと思っていたはずだが。(特に食べ物に興味がないタイプ)

私から見てもあのような食事で充分、幸せだと感じる。
私はご飯と漬物と味噌汁があれば満足。
もっとカロリーを採らねばならんので、頑張って豚肉など食べるけど。


2018/12/2追記

 ――と、言うか、これのどこが「私欲を貪った悪い独裁者」なんだよ?kawauso

よくこんな記事を書いておきながら、「恐怖の独裁政権を布いた諸葛亮」という捏造話を書けるな。
理屈も何もない。

>>続き。「実は孔明は墨者(ぼくしゃ)だった!?」 あなたと違ってK産主義ではないけどね

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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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