2018
Feb
11
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僧侶の方のブログを眺めつつ雑談1 「見え方感じ方 歴史的な核心について」の記事とコメント欄
先日、前世で僧侶だった方のブログを読ませていただいてから色々と書こうと思っていたのだが、他のことで気が散り遅くなってしまった。
雑談として言及します。
※先に注意 基本的に私は彼の擁護派です。「自分も前世記憶があるからお仲間を擁護して当然」というわけではなく、前世記憶があるからこそ嘘には敏感なほう。詐欺だと思えば、はっきり詐欺と書きます(今までそうしてきました)。私から見て今のところマグロジュースさんの言動に嘘は感じられません。無条件に信じるつもりはないので、あくまでも「今のところ」です。※下に追記あり
まずはこちらの記事から。⇒見え方感じ方 歴史的な核心について
自分も反省して見習いたい。
と言うか実は私も始め非常に気を遣っていたのだけど、発表してみたら全ての人に信じてもらえず完全無視されるので気を遣う必要はないと気付いた。笑
それに今の私から見て外国の歴史であるということ、フィクション化されてさんざんオモチャにされた後だということの安心感が(安心と言うのは不謹慎かもしれないが)大きい。
今さら無名な私ごときが日本の片隅で何を語っても、他の膨大なフィクションに紛れて影響力など持ちようがない。むしろ私の発言には萌えポイントがないので地味な「二次小説」の扱いで力がない。
これはこれで寂しいことなのだが、守られているなとも思う。有難し。
いつも密かに信じる人にだけ情報が届けばいいと思って書いている。
前記事で言及したマンガ家さんのように、黙って取り入れてくださる方もいるはずなので今後も書き続けていく。
コメントされている方、
現時点で彼の発表が事実だと裏付ける情報はないのだが、逆に否定する情報もないと私は見る。
コメント欄にやはり「当時のトイレはどうだったんだ? 答えられないなら嘘だ!」と言っている人がいるけど、幼稚園生みたいだね。(この人は生まれてから今までの記憶を一分一秒単位まで僅かも忘れることなく持っているのか? もし忘れていることがあるなら自分の全存在を否定されてもいいと宣言するわけか)
現代現世の幼い頃ですらはっきり記憶していることが少ないと言うのに、前世の記憶がはっきりしているわけがない。
感情や、稀にはっきりと思い出せる場面だけ大切にしていけばいいのだと思うな。現世の思い出と全く同じように。
そんなにすぐ話せることではないと思う。
周りに気を遣う前にまず、自分自身の気持ちを充分に消化してからでないと話すことも危険。
現代はツイッターがあるから大変だ。その体験をして間もなく話せる環境があるというのは難儀な時代だなと思ってしまう。
私は自分の記憶を受け入れ、話ができるようになるまで何年かかったのだっけ? 現実照合まで6年かかり、発表までは8年。それも直接に誰かに話すことはついにできなくて、小説という形でしか出せなかった。
そこでもまだ自分自身は信じていなかったという、しつこい疑い深さ。笑
今ですら「仮」などと付けているのだからね。往生際が悪い、情けない奴だと我ながら思う。
こういうことはきっと死ぬまで解決つかないから、フィクションとしてでも話せる時が来たら話せばいいのではないかな。
「あなたを崇拝したい」と言って信じる人も、バカにしたくて無考えに否定する人も、多くの人は無責任だ。
信じる人も否定する人も、理屈のない他人はカルト信者に過ぎない。
だから他人など絶対に基準にしない。結局は、自分の心が大切。自分ひとりが自分の思い出を受け入れてやるしかない。
……ところで、コメント欄の荒れようが酷いね。
こういうことは必ず擁護者と否定者が出て、対立して喧嘩を始めるからオフしたほうがいいのでは?
「意見を封じる」ということではなくて、眺めている人に不快を与える。見ている人にとって精神損害になるよ。
現に有害なリンクに誘導するコメントも投稿されている。これでは閲覧者に危険を与えてしまう。
(この件についてだけ投稿しておこうか。こちらから接触するつもりはなかったのだけど)
ふと思ったこと。マグロジュースさんは、いたずら好きの方のようだから後で「嘘でした! 信じてフォローした奴、バカじゃねーの」などと言い出す可能性もなきにしもあらず。
ただ今のところは反証する材料がないし、仮にいたずらだったとしても、宗教団体やセミナーに誘っているわけでもないので「注意しろ」と言う理由がない。
つまり、いたずらだったとしても特に害はない。(もし嘘だったら信じた人を傷付けるので罪はあるけれども)
ただそれだけのことなので、私が彼の言葉を真実であると保証したなどとは思わないでください。
こういうことは、真実かどうか最終的には本人にしか分からないもの。
宗教やセミナーなどが絡んだ時は警戒すべきですが、そうではなく反証する理由もないなら「詐欺師」と呼ぶべきではないと私は思うだけです。
理由もないのに「詐欺師!」と断じるのはむしろそちらのほうがカルト。上ブログのコメント欄で過剰に攻撃している人たちは、おそらく何らかのカルト宗教団体に属する方々だろう。
(なお、証拠もないのに「詐欺師」呼ばわりする行為は刑法に触れる犯罪だから気を付けてください。損害賠償請求もあり。→誹謗中傷の罪と罰、あなたはいくら払うのか?)
ちなみに筆者は、前世体験に関して僅かも嘘はついていないのでご安心を。記憶違いや勘違いはあると思いますが。
と言っても、見ている人は信じられないだろうけど、少なくとも今後「嘘でした!」と覆すことはありません。それだけは保証できます。
何故なら長年この記憶を語り続けているし、筆者のプライベート深くに浸透したエピソードばかり――つまり筆者の現実の人生と分け難い事実ばかり――なので、覆すことがもう不可能なのです。
誰かに信じてもらえなくてもいっこうに構わない。
そう言えてしまうほど、私自身にとっては厳然たる真実であり、(家族関係など肉体にさえ関わる)現実でもあります。
雑談として言及します。
※先に注意 基本的に私は彼の擁護派です。「自分も前世記憶があるからお仲間を擁護して当然」というわけではなく、前世記憶があるからこそ嘘には敏感なほう。詐欺だと思えば、はっきり詐欺と書きます(今までそうしてきました)。私から見て今のところマグロジュースさんの言動に嘘は感じられません。無条件に信じるつもりはないので、あくまでも「今のところ」です。※下に追記あり
「見え方感じ方 歴史的な核心について」の記事とコメント欄
まずはこちらの記事から。⇒見え方感じ方 歴史的な核心について
自分の言動で、他人を安易に惑わせたくないのと、極力誤解が無いようにしたいので一旦置いていくつかの説明を書かせてください。ご自分の発言の影響力を考え、とても気を遣われているところに感動した。素敵な方だなと思う。
自分も反省して見習いたい。
と言うか実は私も始め非常に気を遣っていたのだけど、発表してみたら全ての人に信じてもらえず完全無視されるので気を遣う必要はないと気付いた。笑
それに今の私から見て外国の歴史であるということ、フィクション化されてさんざんオモチャにされた後だということの安心感が(安心と言うのは不謹慎かもしれないが)大きい。
今さら無名な私ごときが日本の片隅で何を語っても、他の膨大なフィクションに紛れて影響力など持ちようがない。むしろ私の発言には萌えポイントがないので地味な「二次小説」の扱いで力がない。
これはこれで寂しいことなのだが、守られているなとも思う。有難し。
いつも密かに信じる人にだけ情報が届けばいいと思って書いている。
前記事で言及したマンガ家さんのように、黙って取り入れてくださる方もいるはずなので今後も書き続けていく。
地名人名についても初めから分かってる事は稀で、分かればわざわざ文献とか場所を探して照らし合わせる必要が無いです。全く私と同じだね。曖昧だからこそ、この方の記憶は本物の可能性が高いと思う。もし言語が話せたり、地名人名をすらすら言えるようなら私は信じない。
記憶として思い出せるのは、その時の感覚的な物(綺麗、怖い、楽しい、恥ずかしい)とか風景とか人の顔が主です、これは歴史資料あるなしに関わらず。。
コメントされている方、
19.否定する人とマグロジュースさんへその通り。この考え方を「合理」と言う。(今のところは反証情報がなく、死亡リスクがあって危険だなどという理由もない種類の話なので否定するのは非合理)
レイさん (2018/01/20 08:22) [Edit]
コレを疑う人に聞きたい。
子供の頃の会話や音、書いてたあなたの文字や絵本の文字を覚えているのか。
覚えているのは映像や停止画でそれらに音がある人は少ないと思う。
この話が嘘だと言う確証があるなら否定をして意見すればいいけど、そうでない奴がどうのこうの意見するのは浅はかすぎる。
現時点で彼の発表が事実だと裏付ける情報はないのだが、逆に否定する情報もないと私は見る。
コメント欄にやはり「当時のトイレはどうだったんだ? 答えられないなら嘘だ!」と言っている人がいるけど、幼稚園生みたいだね。(この人は生まれてから今までの記憶を一分一秒単位まで僅かも忘れることなく持っているのか? もし忘れていることがあるなら自分の全存在を否定されてもいいと宣言するわけか)
現代現世の幼い頃ですらはっきり記憶していることが少ないと言うのに、前世の記憶がはっきりしているわけがない。
感情や、稀にはっきりと思い出せる場面だけ大切にしていけばいいのだと思うな。現世の思い出と全く同じように。
やんわりじゃなくて核心に迫ってほしいと思いますよね…そうですよね。思い出して間もないうえに、バズっているのだから当たり前。
…
言いたいんですが…心の整理が出来てません。ゆかりのある方々に迷惑かかるかもしれない、重い部分なのでストレスがやばいです。そしてあまりに急なのと、一応こんな形でも思い出なので。ちょっと落ち着いて考えさせてほしいです。本当に必要だと思ったら真面目に言います。暫く時間を下さい。ごめんなさい。
そんなにすぐ話せることではないと思う。
周りに気を遣う前にまず、自分自身の気持ちを充分に消化してからでないと話すことも危険。
現代はツイッターがあるから大変だ。その体験をして間もなく話せる環境があるというのは難儀な時代だなと思ってしまう。
私は自分の記憶を受け入れ、話ができるようになるまで何年かかったのだっけ? 現実照合まで6年かかり、発表までは8年。それも直接に誰かに話すことはついにできなくて、小説という形でしか出せなかった。
そこでもまだ自分自身は信じていなかったという、しつこい疑い深さ。笑
今ですら「仮」などと付けているのだからね。往生際が悪い、情けない奴だと我ながら思う。
こういうことはきっと死ぬまで解決つかないから、フィクションとしてでも話せる時が来たら話せばいいのではないかな。
「あなたを崇拝したい」と言って信じる人も、バカにしたくて無考えに否定する人も、多くの人は無責任だ。
信じる人も否定する人も、理屈のない他人はカルト信者に過ぎない。
だから他人など絶対に基準にしない。結局は、自分の心が大切。自分ひとりが自分の思い出を受け入れてやるしかない。
……ところで、コメント欄の荒れようが酷いね。
こういうことは必ず擁護者と否定者が出て、対立して喧嘩を始めるからオフしたほうがいいのでは?
「意見を封じる」ということではなくて、眺めている人に不快を与える。見ている人にとって精神損害になるよ。
現に有害なリンクに誘導するコメントも投稿されている。これでは閲覧者に危険を与えてしまう。
(この件についてだけ投稿しておこうか。こちらから接触するつもりはなかったのだけど)
追記
2/12追記ふと思ったこと。マグロジュースさんは、いたずら好きの方のようだから後で「嘘でした! 信じてフォローした奴、バカじゃねーの」などと言い出す可能性もなきにしもあらず。
ただ今のところは反証する材料がないし、仮にいたずらだったとしても、宗教団体やセミナーに誘っているわけでもないので「注意しろ」と言う理由がない。
つまり、いたずらだったとしても特に害はない。(もし嘘だったら信じた人を傷付けるので罪はあるけれども)
ただそれだけのことなので、私が彼の言葉を真実であると保証したなどとは思わないでください。
こういうことは、真実かどうか最終的には本人にしか分からないもの。
宗教やセミナーなどが絡んだ時は警戒すべきですが、そうではなく反証する理由もないなら「詐欺師」と呼ぶべきではないと私は思うだけです。
理由もないのに「詐欺師!」と断じるのはむしろそちらのほうがカルト。上ブログのコメント欄で過剰に攻撃している人たちは、おそらく何らかのカルト宗教団体に属する方々だろう。
(なお、証拠もないのに「詐欺師」呼ばわりする行為は刑法に触れる犯罪だから気を付けてください。損害賠償請求もあり。→誹謗中傷の罪と罰、あなたはいくら払うのか?)
ちなみに筆者は、前世体験に関して僅かも嘘はついていないのでご安心を。記憶違いや勘違いはあると思いますが。
と言っても、見ている人は信じられないだろうけど、少なくとも今後「嘘でした!」と覆すことはありません。それだけは保証できます。
何故なら長年この記憶を語り続けているし、筆者のプライベート深くに浸透したエピソードばかり――つまり筆者の現実の人生と分け難い事実ばかり――なので、覆すことがもう不可能なのです。
誰かに信じてもらえなくてもいっこうに構わない。
そう言えてしまうほど、私自身にとっては厳然たる真実であり、(家族関係など肉体にさえ関わる)現実でもあります。
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