我傍的、ここだけの話

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我々は何のためにここにいるのか? 『かぐや姫』からのメッセージ

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(C)スタジオジブリ・高畑勲 『かぐや姫』

高畑勲の『かぐや姫』、思いがけず感情移入して見てしまいました。3時間もあるので仕事をしながら、と思ったのですが、つい惹き込まれた。(『風立ちぬ』と、何という違い)

決して子供向けではない。色々と考えさせられるストーリーです。

「わたしは地上で生きるためにここへ来た、獣や虫たちのように」……

我々の魂も同じくここで生きることを謳歌しようとして、生まれて来たのではないでしょうか。
ボロを身にまとい、朝な夕なの営みを日々こなし、季節の移り変わりを愉しむために。

でもそれを忘れてしまって、「こんな地上に居たくない。早く帰りたい(死にたい)」などと思ってしまう。
卑しい人たち、話の合わない人たちを眺めると、私もつい思ってしまうのです。こんな地上に居たくないと。
ここへ生まれてきた理由をすっかり忘れてしまっているのですね。
 
スピリチュアルジャンルでも、
「人生は楽しむためだけにある」派と
「人生は試練であり学習のため」派と
主に二つに分かれるようです。
(仏教思想を伝統的に持つ日本では、「修行のため」と考えるほうが肌には合います)

どちらが正しいとかではなくて、私はその両方だと思うのです。

魂の修行だと思ってみればどんな辛いことも有り難く思える。波乱万丈の人生はまさに魂を鍛えるためにあったのだと思えます。
いっぽうで、この地上の平凡ほど美しいものはない。季節が巡る平凡な日常をただ味わう。これも涙が出るほど有り難い人生です。

おそらくその時々、人生ごとに目的というものは変わるのでしょう。

では今、ここに自分がいる理由は何か?
皆様も考えてみてください。


私の場合。
おそらく第一の目的として、平和な生活を味わうために生まれてきているのです。
 
しかし高次霊からの度々のメッセージによれば、どうやら重要な仕事があるらしい。
そう言われてしまうと、何だか「かぐや姫」みたいな気分です(笑)。
タイムリミットがあり時間が来れば義務を果たさなければならない。私はそれに抵抗出来ないと思います。
 
具体的に、その「仕事」が何か今の私には分かりません。
でも政治ではないことは確かですし、宗教を興すことなどでもありません。
どこかの団体に利用されることだけは絶対に嫌ですね。 
※政治的な話についてはずっと書かないようにしてきましたが、2019年以降、某国のあまりの暴虐に耐えかねて別館で書いています
 
たぶん、その時が来るまでは平凡な・ボロを着た幸福な日常というものが私には許されているのだと信じています。
いやもしかしたら、死という迎えが来るまで許されるかな?

ただここに「存在すること」。
それだけでは駄目でしょうか?

私が死んだ後はどうしてくれてもいいから、とにかく死ぬまでは平凡にひっそりと存在だけしていたい。
それまでに遺していくべきものは遺す決意です。
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