主人と会った日のこと=異説で確定してください

以下は、仮に私の記憶が諸葛亮のものであったとしたら、という異次元的な前提で書きます。

【この記事だけ読まれている方へ】
「仮に」として自分の記憶と例の人物を結び付けている理由は、以下の通り現実記録と照合した結論によります。根拠のない直観だけの「思い込み」を語っているわけではありません。ぜひこの奇異な体験を愉しみつつ、客観的に判断してください。他の人物の可能性があればお知らせください。
現実記録との照合

“仮に”、と書きましたが、私の記憶が諸葛亮のものではないか・そしてそれが本物の記憶ではないかと考え始めたのは、この「異説」によるのです。

私は十七歳の時に次のような夢を見ています。
(筆者の小説『僕が見つけた前世』より転載。長いので、ご存知の方は転載部分を飛ばしてください:飛ばす
十七歳の高校生が語るという設定で書いています。くだけた表現、ご容赦を。

【面接の夢】

僕はある建物の中にいた。
広くて薄暗い建物の、一階のロビーだった。

窓もなくて電気もついていない、ちょっと変だが立派な感じの建物だった。
ロビーにはすでに大勢の人がいてざわざわ喋っていた。年配の人から若い人までいて、誰もが少し緊張している。その人たちの喋り声が高い天井に響き、わんわんとこだましていた。
どうやら僕は、大手の会社かどこかの面接に来たらしい。
面接会場が分からなかったので、階段下でスタッフの人に場所を聞いた。
スタッフさんに案内された大広間にはロビーよりさらに多くの人がいた。パーティのように皆が歩き回り、あちこちで挨拶を交わしている。ほとんど顔見知り同士のようだった。
人々の顔をよく見てみると、僕も知っている金持ちで有名な人ばかりだ。
あの人は誰々、あの人は誰々の息子。と、ほとんどの人の顔を見て名前が浮かぶくらい名士たちばかり集まっているので、僕はびびってしまった。
(ただ現実の僕は彼らが誰だか知らない。起きたら一人の名も思い出せなかった)

「自分なんか、こんな所に来ていい人間じゃない。だから来たくなかったんだ。どうしよう。早く帰りたい、早く帰りたい……」
いたたまれない想いで僕は壁際に立って、早く面接が終わって帰ることばかり考えていた。
どうもこの面接は親戚の誰かに言われて無理やり参加させられたみたいだった。
僕は周りの人たちに比べれば遥かに若く、みすぼらしい格好をしていて、金持ちばかりのこの広間では完全に浮いていた。
僕くらいの年齢の若者もたまにいたが、彼らは全員、有名な親に伴われて来ていた。
僕はその場の誰にも知られていないらしく、目の前を通り過ぎる人たちは
「なんだこのみずぼらしい若者は。間違えて入って来たのか?」
という不審げな表情をして僕を眺めていた。

しばらく待っていると面接の時間となった。
ここの会社の社長だか何か、地位はよく分からないけどここで最も偉いオジサンが部屋に入って来ると、全員が緊張して背筋を伸ばした。なんだかよほど偉いオジサンのようだ。
細長いテーブルの前に置かれた椅子に全員が着席した。
僕は、遠慮して一番隅に座った。
テーブルの上には、それぞれの人の前に四角い、カラフルな布が置かれている。彼らが自分で持って来て置いたものらしい。
その布が何なのかは現実の僕には分からない。会社の面接だから、きっと身分とか出身を表すようなものだと思う。

この面接は、集団面接形式だった。
フリートークみたいな感じで、意見のある者が一人一人立って自分の考えを述べる。
社長さん(?)は、テーブルの誕生日席でフムフムとそれを聴いている。
ここで目立った意見を言って社長に気に入られたら雇ってもらえるらしく、皆張り切って意見を述べた。僕と同じくらいの若者も立って堂々と意見を述べているのを見て、僕は
「すごいなぁー」
と心の底から感心しながら眺めていた。
もちろん、僕なんかが意見など言えるわけがないので、黙って隅っこで隠れるようにしてその場の光景を眺めるしかなかった。

暇つぶしに僕は人間観察を始めた。
社長か何か、とにかくあの偉いオジサンを眺め、「あの人が有名な○○か」と思っている。
どうも彼は半端ではない有名人らしい。それで皆が緊張していて、あの人に雇われようと必死で自己アピールしていた。
(何度も言うけど、現実の僕は知らない人だ)
現実と同じく、僕はこの夢の中でも有名人には全く興味がないタイプのようで、特に気持ちが高揚するとかもなく淡々とそのオジサンを眺めていた。
思っていたより小さいな、などと考えている。彼が座っている椅子のほうが遥かに大きい。それに、実際の年齢よりも若く見えると思った。「近所の気さくな 兄貴」という雰囲気。笑顔を絶やさず、人が話している時には真剣な顔で耳を傾けている。親しみやすそうな人だ。あの人に道で会ったら、あの有名な人だとは 誰も気付かないだろう、と失礼なことも考えていた。
でもしばらくそうして眺めていたら、あることに気付いた。
彼は意見を語る人の話を全く聴いていないのだ。「フムフム」と聴いているような振りをしているが、ただじっと話をしている人の目を見つめているだけ。
そのことに気付いて背筋に電流が走った。
彼は人の目の奥を見て、相手の本質を見極めているらしい。
それから、その人のことを「すごい人だ」と思うようになった。一言でいいから会話してみたいなという願いが生まれた。

ぼーっと社長さんを見ていたせいかもしれない。
気付くと面接会が終わっていて、他の人たちは続々と立って広間を出て行っていた。
「しまった」
と思った時はすでに遅しで、最後に広間を出て行く人の背中が見えた。
立つ機会を逃した僕はそのままそこへ座り続けた。
この際だから、社長さんと一言会話してみたいという衝動が湧いてきた。
「自分みたいな無知な若輩があの偉大な人と話すなんてとても無理だ。無謀なことを考えるのはやめろ」と必死で自分を抑えた。でも、話したいという衝動は消えない。その葛藤で僕は立つことさえ出来ず、そこに座り続けた。緊張と葛藤でカタカタ体が震えているのを感じた。
……明らかに、僕は不審者だった。
なのに不思議なことに、社長さんも、その部下らしき人たちも部屋を出て行かないんだ。
僕のことをちらちらと眺めて、
「なんだこのおかしな若い奴は?」
という不審げな顔をしていたけど、僕に「出て行け」と言ったり自分たちが出て行こうとしたりしない。
僕も不審だけど、あの人たちも不思議な人たちだ。

時間がどれだけ過ぎたのか分からない。けっこうな時間が経っていたと思う。
そのうち、社長さんが何かをし始めた。
手元で何かをいじっているんだ。それはどうも、手芸みたいな暇つぶしの遊びらしい。
僕はそれを見て、はっきり気付いた。
“あの人は僕が話しかける時を待って、この場に居るんだ!”
ということに。
それでやっと勇気が出た。
思い切って僕は立ちあがり、社長さんにずんずん近付いて行った。
周りの部下たちが警戒して、腰に提げた武器に手をやるのが分かった。「カチャ……」と剣を抜く時の金属音がはっきり聞こえた。僕は死を覚悟したけど、もう止まらずに歩き続けた。

「それは、何をしているんですか?」
必死で考えた第一声がそれだった。話の取っ掛かりとして、彼がいじっている手元の物について聞いてみたんだ。
そしたら彼は、いきなり話しかけられてぎょっとした顔を上げたけど、すぐ答えてくれた。
「これか? これはな……」

話の内容は覚えていない。
でも話し始めて、やっぱり彼は僕が話し掛ける時をわざわざ待ってその場に居てくれたんだと分かった。
僕はその後、何故かその社長さんや周りの部下さんたちと話が盛り上がり、長時間の話をして帰った。

解説

これは修学旅行時の「前世のイメージ」とは、別の日(直前)に見た夢です。

つまり普通に夜寝ているときに見た夢なのです。
修学旅行の時に見たイメージのような圧倒的なリアリティや、妙な感覚もありませんでした。

登場する人物たちも部屋の様子も現代風です。
しかしよく考えれば、途中で武器の音が聴こえるなど不自然なことはありました。
ただそれらの不自然な設定は夢にありがちな細かいバグ。私は「きっとドラマか何かで見た光景が夢に出て来たのだ」と思っただけで、たいして気に留めることはありませんでした。

この夢を見てから数年後。
諸葛亮の記録を調べているときに上の「異説」を発見し卒倒しそうになりました。
それは細部まで私が見た夢のままだったからです。夢が現代設定に変換されていることを除けば。

その時は偶然にも「異説」まで含めて書いてくれている本を読んでいたため私はこれを知ることができたのですが、当時の三国志解説書はほとんど「異説」に触れていませんでした。
当然、創作でも描かれたことは一度もありません。
(私が知る限り、この「異説」をもとに創作した小説なり漫画なりは未だこの世に存在しません。『我傍』を実名で書いていたなら、この世で唯一の創作となったのですが)
当時では今よりさらにマイナーな説です。
そもそも『三国志』が中国の話であったことさえ知らなかったほど歴史モノに疎かった私が、この「異説」を知る機会などあろうはずもないのです。

これによって私は自分の夢及び「前世イメージ」が潜在記憶ではなかったことを知りました。

前世の実在など認めたくなかったのでショックでしたが、この「異説」と出会って以降私は私の記憶を否定することが出来なくなったのです。

異説内容と自分の記憶、違い

「異説」と自分の記憶についてもう少し詳しく書いておきます。
(追加)まず基本的に現代風の室内、テーブルや椅子など現代のモチーフで夢世界が創られている点は現代人の私が見た夢なので当然でしょう。ただその現代素材の世界を舞台として、過去の現実が投影されたようです。

夢の中でカラフルな布として出て来るイメージは「名刺」ではないかと思っています。
家柄などが象徴的に布のイメージとなって出て来たのかな、とも想像しますが、現実でも皆さん名刺を出して名乗ってから話をしていた可能性があります。
もちろん現実で漢代の「名刺」は布ではなく木片などのようですが。

夢において私が城主に「それは何をやっているのですか?」と話しかけるシーンは記録にも残されているようです。
当時の私は完全に舞い上がっておりまして、どう話しかけたら良いのか分からず城主が手の中に持つ物についてとりあえず聞いてみただけのこと。
それが
「偉い武将が手芸をやっているとは驚きました」
などという挑発的な台詞として記録されています。
もし本当にそのように言ったのならとんでもない無礼者ですね。
この記録には誇張があるのでしょうが、「それは何ですか?」といきなり訊くのもかなり失礼です。
笑って許してくださった主人はやはり私が記憶している通り奇跡的に心の広い方だったのだと言えます。

追記 2018年、引用のため改めて「異説」文を読みました。話しかける台詞や会話内容について若い頃は「失礼過ぎてあり得ない」「自分はこんな生意気なことを言うタイプではない」と思ったのですが、今の自分を考えるとあり得なくはない内容だなと思います。わりと失礼なことを言う人間ですね私は、笑。あえて率直な態度で接してみて、相手が怒るかどうかはかる時はあります。
ただこの記憶の中では必死だったことのみ覚えています。主人は率直な人間が好きだったので、おそらく面白がっていただけたのでしょう。話しかけた後は大いに話が盛り上がり何時間も語り合ったのですが会話内容は覚えていません。

その他に「異説」が私の記憶と違うのは(現代設定を除けば)視点でしょうか。
記録では当たり前ながら諸葛亮の内心について分からないため、かなり誤解した書き方になっています。
たとえば「諸葛亮は自分を売り込むため劉備に会いに行ったのだ」と決めつけている点。
その決めつけにより、諸葛亮が上から目線の横柄な態度で劉備に接している点。

記録者には知る由もないことですが、もし私の記憶が正しいならこれらは全て誤解です。

※付け加えますと、この視点の違いと誤解部分がある故にこれが潜在記憶ではなく私自身の記憶だとさらに確信することができたのです。もし潜在記憶であれば、記録者が記録した通りに「優秀な若者が上から目線の態度で」城主に接する記憶としてイメージされたでしょう。

現実はかなり緊張してドキドキしておりました。気を失わなかったのが不思議なくらいです。
相手は有名な武将、こちらは無名で貧乏な若輩者。
会談の間中、隅で身を縮めていて一言も発言できなかった私がよく話しかけようなどという勇気が出たな、ほぼ死ぬ気だったのだなと思います。

真相を言えばあの人と二度と会うこともないだろうと思ったから話しかけることが可能だったのです。

「異説」の記録者の最大の勘違いは、諸葛亮が優秀な若者で自分で自分を売り込みに行ったと考えていたことでしょう。
現実は違います。
もし仮に私の記憶が諸葛亮のものであるならば、亮は親族に言われて仕方なくそこへ行きました。
嫌で嫌でたまらず、「早く帰りたい」とばかり思っていたのが真相です。

前にも書いた通り前世の若い頃、私は思想家になりたかったのです。
出仕する気は最初からありませんでした。
「優秀な若者がいるという噂を聞きつけて多くの偉人がスカウトに来たが、諸葛亮は自分の才能を発揮するに足らないと傲慢に述べて断っていた」
というのは、もしそれが私のことであれば嘘です。
「引く手あまた」だったという記憶は私にはありません。
現実には親族の手配した出仕先をことごとく断っていた程度です。

現代人はこの状況を「ニート」と呼んでいますが、それは現代人には古代中国の文化を少しも理解できないからでしょう。
出仕=会社勤め(社会人になる)ということではありません。
古代の中国における知識層には出仕せず思想に生きるという選択肢も現実のものとしてあったのです。

ただし代々役人として勤めてきた名家に限っては、そんな浮雲のような生き方は許されません。
出仕せずに生きていくと主張する私の存在は家の名誉を傷付けるとして、親族一同の悩みの種でした。

それでほぼ強制的に有名人が滞在しているという城へ行けということになったのです。
私としても、今回だけ言うことを聞けば親族は黙るだろうと考えたので、従ったもの。有名人に面会したところで、自分ごときが気に入られるわけがないと思っていました。自分がこの最後の機会すら逃す駄目な人間である事実を突き付ければ、親族ももう何も言ってこないだろう、この義務を果たせば自由放免の身だ、と思っていたものです。

—以上、親族とのやり取りについてはおぼろげな記憶です。現世の親族のイメージも重なっているかもしれません。—

世間では「異説」が事実だとすれば諸葛亮本人が後に
「私は三顧の礼を受けました」
と書いていることの筋が通らないと言われているのですが、そんなことはないです。

もし私の記憶が正しいなら、城に行った時点では
「形だけ親族に従った」
ことになります。
実際あの人に面会して目を見た瞬間、電流に打たれる感覚を覚え最後のつもりで会話だけさせていただきました。
ただもとから出仕するつもりで行っていないですから、家に帰った時点で私のほうでは終了しています。

城主のほうは理解不能だったでしょう。
出仕するつもりで城に来たのだと思っていた若者が、音沙汰なしとなってしまうわけですから。

それでわざわざ城主のほうから迎えに来ることになる次第。

このあたり、はっきりした記憶はないのですがあの主人ならそういうことをします。
自分で気に入った人間に対しては身分など関係なく対等の友人として尽くす方なのです。

なお三顧礼は
「古式の礼に則った」
と言われており、確かに思想家に対する礼としてあれは正統なのですが、劉備の場合は自分の意志でしょう。

もし記憶にある私の主人であれば、礼など考える前に体が動いてしまう人だからです。

さて長文で書いて来ましたが
「自分で城に行っておきながら出仕しない」
――こんな私の心裡をどなたかご理解いただけますでしょうか?

私は現代でも、変わり者のせいか理解されないことのほうが多いです。

地上に不慣れなかわいそうな宇宙人なのだと思って(笑)温かい目で見てください。
そうすれば少しはご納得いただけるかもしれません。