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サッカーワールドカップ、日本代表コロンビア戦での歴史的勝利おめでとう。
毎回にわかでコメントするのも嫌だから黙っていようと思ったが、今回は快挙なので素直に祝いたい。

サッカーのワールドカップ、昔は私も興味あったのだけど(サッカーは戦略に国ごとの特性が表れるから面白いんだよ)、
「自国が勝てば大騒ぎ」
「負けると躊躇なく監督・選手をディスる、敗軍の将を踏みにじるのが大好き」
「自分の国の試合しか報道しない」
という一般日本人の態度が不快で目を逸らすようになってしまった。
特に、負けた時の道義心のないディスり方、敗軍の将なら何を言ってもいいという態度に民度の低さを感じて嫌だ。
長年見てきたファンが的確に悪かったところを指摘するのは正しい行為だと思うが、ろくにサッカーを知らない外野のくせに、ただ弱い相手を叩くことに喜びを感じているだけの人が多くて不快なのだ。
昔の「判官(ほうがん)びいき※」という、高潔な日本の民族性はどこへやら? 敗軍の将を喜々としてディスる態度は醜くて、人間性を疑うね。
2018/7/4 開催前はこう思っていたのだけど、今回は何故かいつもと逆に、無批判で無意味に監督を賞賛する声が大きい。称賛ばかり意図的に取り上げるメディアが悪いのだが。
今回こそ責めるべきでは?「敗けたから」ではなく「道義がなかった」点を。どうもこの国の民は、道義のない行いが大好きらしい。
責めるべきではない時に叩く。責めるべき時は逆に称賛する。何が悪い行いなのかが分かっていない。やはり、民度が低下し過ぎている。

※判官びいき: 劣勢のほうを応援すること。語源は昔、源義経が「判官」という地位にあったことから。源義経は兄の頼朝に追われて殺された、言わば「負け組」なのだが、日本人は義経を称え英雄とした。歴史的に日本人は弱者への同情心があり、劣勢の側を応援する民族性を持つと言われる。……しかし、ここ数十年で変わってきた。明らかに団塊世代以下、日本の民度が低下している。
代表例:「負け犬には何を言ってもやってもいい」「戦争の時代に生きた人間は全員バカ」と言う酒見賢一氏

そんななか、ロシアまで応援に行っている本物の「サポーター」たちは素晴らしいと思う。
世間で見捨てられようとも、無知な外野にディスられようとも、黙々とサッカー界を支え続けているのだから。
しかも会場でゴミ拾いまでして、世界に日本のマナーの良さを知らしめている。
海外メディアは彼らの姿に感動し、「ジャパニーズサポーター、ベスト ゲスト!」と称えているのだけど、いやあの人たちは日本の中でも特に優れた人々だから買いかぶらないでくれ。
7/4追記 で、本物のファンほど今回のポーランド戦での行いに幻滅しているようだね。


今回感動したのは、ここのところ流行っている「大迫半端ない(オオサコ ハンパナイ)」という言葉。

歴史的勝利となったコロンビア戦で、勝因となるゴールを決めたのは大迫選手なのだけど、その際にサポーターたちが掲げたのが
「大迫半端ないって」
というメッセージ。



語源は、大迫選手が高校時代に戦った敵の選手が叫んだ言葉。
映像見たけど、負けたのに手放しで敵を称えるこの選手に心底痺れた。大迫選手に握手を求めたというこのチームの監督にも感動。


なんとなく、「けだし天下の奇才なり」と言った司馬懿に重なったのは私だけだろうか? 笑
司馬懿のあれは優位だった側の台詞であり、上の状況よりはもう少し上からの台詞だったかもしれないのだが。敵さえ称える高潔さという意味で共通したものを感じる。

私は常々思うのだけど、称えられる側よりも、称える人のほうが素晴らしい。
今回の話では、敵なのに憎むのではなく「大迫半端ないって!」と称えた中西隆裕さん。
それと、何よりも凄いのは2009年という過去からずっとこの話を記憶し、伝えてきたサポーターたち。

私の目には、彼らのほうが英雄に見える。

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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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